2011年9月26日月曜日

36:野田首相国連演説:「南ドイツ新聞」の論評など

日本の原発に関しての最近の「南ドイツ新聞」の記事をふたつ紹介しておきます。
いずれもクリストフ・ナイドハルト特派員によるものです。

ひとつは9月24日掲載の野田首相の国連演説に関する論評です。結論部だけは直訳しておきます:
http://jetzt.sueddeutsche.de/texte/anzeigen/530998

タイトル:「転換ではない転換」
リード:原発の反対派から支持派へ;なぜ日本の首相は立場を変えたか

要旨は「就任演説で原発の新規建設はできないと言っていた野田首相は、国連演説では原発は気候変動対策に必要なので日本の原発をより安全なものにすると述べた」、「これはおそらく、意思が変わったのではなく日本ではよく見られる発言姿勢であると思われる」「日本人はフレンドリーにニコニコしながらハイ、ハイと同意する。誰かを怒らしてしまったら、黙ってしまう。この姿勢は日常生活では攻撃性を防げるかもしれないが、政治では決断を阻害してしまう」
「しかし日本にもこのような曖昧な立場を捨てる政治家もいる」として、菅直人前首相の脱原発発言と、最近の鉢呂大臣の「死の街」発言を挙げ、なぜこのふたりが排除されたかについて、このふたりは政治家王朝の出身ではないと説明した上で以下のように述べています。

Die beiden waren Außenseiter, die sich nicht an die Regeln der politischen Elite hielten, die mit der Atomlobby unter einer Decke steckt. Zu dieser Elite gehören in Japan auch die Medien, die wie die meisten Politiker von den AKW-Betreibern großzügig unterstützt werden.

このふたりは原子力ロビーといっしょに同じ毛布にくるまっている政治エリートたちの規則を守ろうとしない部外者である。日本ではメディアもまた、大半の政治家同様に原発事業主から気前の良い援助を受けているエリートに属している。

Japans Elite hat keine Ideologie, sie duldet viele Meinungen - je nach Gesprächspartner. Ihr einziges Ziel ist es, Macht und Status zu erhalten. Dafür ist nicht wichtig, was einer denkt, sondern mit wem er verbandelt ist. Und weiter ist bedeutsam, dass kein Außenseiter diese Oligarchie spaltet. Noda versucht derzeit, diese Elite zu beruhigen. Er nennt das 'Stabilität schaffen'. Da stören Leute wie Kan und Hachiro, die Stellung beziehen, statt nur Lippenbekenntnisse abzugeben.

日本のエリートにはイデオロギーはなく、話し相手によってさまざまな意見も容認する。彼らのたったひとつの目的は、権力とステータスの保持である。このためには誰が何を考えているかは重要ではなく、彼が誰と結びついているかが重要なのだ。これに加えて大事なのは部外者がこのオルガルフィー(寡占制度)を分裂させないことである。野田がいまやっていることはこのエリートをなだめようとしているのである。彼はこれを「安定をつくる」と称している。菅や鉢呂のような口先だけではない立場を表明する人たちはまさにこのじゃまをすることになるのである。

==============
梶村;第12回(7月15日)で紹介した同紙の「永田町のノミのサーカス」の続きですね。今回はさらに具体的に、原発ロビーに金で買われている政治家だけでなくそれとぐるになっているメディアもまともに突っ込んで批判しています。日本の戦後政治体制の非民主性を鋭く突いているといえるでしょう。
日本の大新聞のエリート記者さんたちは耳が痛いので、このような「口先だけでない批判」には、いつものようにそれこそ無視することしかできないでしょうね。指摘されているように「黙る」のです。

この論評を紹介するために「南ドイツ新聞」電子版で探したところ、何と同紙の若者向けのページにありました。つまり日本のメディアと政治家の堕落ぶりはドイツの若者用のテキストとして紹介されているのです。このようにして若者は批判力を身につけます。またこのようにして日本の恥はドイツのエリート層に定着しつつあります。


もうひとつは、同記者が福井県の「原発銀座」を訊ねての優れたルポですが、これも小さな同県の住民が原発ロビーにまるっきり買収されている実情をリアルに報告した優れたものです。
ほんとうはこれを全文翻訳して紹介したいのですが、かなり長文なので目下時間がありません。しかしこちらの方はルポですからあまり難しくないのでどこかの大学のドイツ語の授業で翻訳テキストにしていただけませんか?
関西の大学だと実感が伴い良い演習になるのではないかと思います。

タイトル; 「アトム状に分裂した幸福」9月20日掲載
http://www.sueddeutsche.de/politik/praefektur-fukui-in-japan-glueck-zerlegt-in-atome-1.1145364

5 件のコメント:

  1. 初めてコメントさせていただきます。こちらのブログはいつも拝読させていただいております。今回の記事もとても勉強になりました。

    記事の最後にあるリンク先の「アトム状に分裂した幸福」読ませていただきました。福井は個人的にご先祖様の出身地なので、とてもショックでした。上関町長選の結果といい、これが多くの原発のある地域の現実なのだと思いました。

    ところで、とてもお節介なことを申しますが、もし御必要ありましたら日本語訳をこちらのコメント欄に投稿させていただくこともできるかと存じます。小生、研究で10年ほどドイツ語に接しております。しかしいくつかわからない専門用語もありましたし、梶村様のお訳しになる日本語のように上手くは行かないでしょうし、誤訳もあるかと思いますが。

    兎に角、いつもドイツの情報を無料で提供してくださりありがとうございます。感謝の気持ちを込めて。

    きまぐれロボットより

    返信削除
  2. 国際社会が見る日本の政治家の本質。
    それだ、怒りに黙り、微笑み返しする政治の三文芝居は見透かされているのだ。国民がパニックにならないように情報を隠した、というより国民の怒りを不安にすり替えるために同じようなあやふやごっこをしているのだ。
    危険な状態にあるとは言わずに、危険な状態にあることを認識したと言うのは日本語なのか?最近閣僚の間で流行っているずるい言い回しがまだある。「国民(福島)の皆さんの不安を和らげる」が今日も総理から聞かされた。不都合なことは「和らげる」が日本の政治方針らしい。
    不安や心配を「和らげる」ために、そのなんとやらを検討するそうだ。
    3.11以来のその繰り返しの無能さに怒りと呆れを感じる。
    放射能を危険だと言わずに「収束=終わらせる」を聞くのは情けない思いだ。

    返信削除
  3. 先日コメントをさせていただきましたきまぐれロボットです。先日は日本語翻訳など、ジャーナリストであらせられる梶村様に対して、非常に僭越で傲慢なことを申しあげまして本当に申し訳ありませんでした。後悔と猛省をしております。

    コメントを削除することも考えましたが、ほかのブログへの感謝の気持ちは変わらず思い続けていることなので、そのままにいたします。不要でありましたら、梶村様のほうで削除してください。このコメントに関しても、同様に梶村様のご判断でよろしくお願いいたします。

    本当に失礼いたしました。今後ともご自愛ください。

    返信削除
  4. このコメントはブログの管理者によって削除されました。

    返信削除
  5. 「転換ではない転換」、またもや日本の転がり作戦か。これは「転戦」でも証明済みの傾向なのだ。転がってばかりいては知恵も経験も身に付かないな。千代に八千代に。

    返信削除