2013年10月31日木曜日

194:アメリカはバチカンのローマ法王庁まで盗聴か。ヒトラーもびっくりでしょう。

アメリカのNSAのスパイ活動は、どうやら箍(タガ)が外れているようです。本日、イタリアの週刊誌パノラマが電子版でローマ法王庁」も盗聴とと報じました。

フランシスコ法王
  この報道によれば、2012年12月10日から3013年1月8日の間、バチカンの法王庁の通話が盗聴されていた疑いがあるとのことです。この時期は前ベネディクト法王が退任を表明する直前にあたり、現フランシスコ法王であるベルゴリオ枢機卿がローマの宿舎に滞在中で、そこも盗聴の対象になっていた疑いがあると、情報源は示されないまま報道されています。
 もしこの報道が事実であると証明されれば、アメリカの諜報機関にとっては、少なくともカトッリク世界での信用は失墜し、ほぼ致命的なものとならざるをえないでしょう。
 
 歴史を顧みれば、ユダヤ教会であるシナゴーグを徹底的に破壊したヒトラーも、キリスト教会に対しては、抵抗しない限り、暴力的に手を延ばしませんでした。ナチスドイツは最期までバチカンに大使を派遣して外交関係を保っていました。
敗戦間際のドイツのバチカン大使は、ワイツゼッカー元大統領の父親でした。この外交官はドイツの破局をバチカンの仲介で救おうとしたのです。バチカンにまで間諜を放つ行為は、ヒトラーもびっくりするのではないでしょうか。これでは、バチカンから破門はされても仲介を頼むことなどはできないでしょう。

また本日、シュピーゲル誌は電子版で、これまで明らかになったNSAの世界中でのスパイ活動を→グラフィックで判りやすく示しました
日本に関してはこのようになっています。

 日本ももちろんスパイの対象になっており、6月30日のアメリカの日本大使館などがそのターゲットになっているとする→ガーディアン紙の報道が指摘されています。
 本日は、これにバチカンが加えられたようです。



2013年10月30日水曜日

193:アメリカ秘密特殊諜報部門は中国の四都市に、日本と韓国にはなし。ドイツ連邦議会で盗聴問題が議題に:参考人スノーデン氏も視野に

 一昨日、→192回の報告で、シュピーゲル誌が暴いた→SCS・アメリカ合衆国秘密特殊諜報部門のスパイ鳥の巣が、東京や北京にもあるに違いないと書きましたが、その推定は正しくはありませんでした。
昨日28日、同誌が電子版の動画ニュースマガジンで→「スパイされた政府地域」と題して80カ所の地名を全て明らかにした極秘文書を明らかにしましたので、東アジアに関してのみ報告します。

Spiegel TV
ここから、東アジアの地名だけを拡大しますと次のようです。

 このトップシークレットの資料は2010年8月作成のものとされていますが、東アジアでの諜報拠点は、バンコク、北京、成都、チェンマイ、香港、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、プノンペン、ラングーン、上海、台北の12都市となっています。

 すなわち、中国には4都市、台北を入れると5都市となります。
 興味あることに、他方で、東京とソウルという親米軍事同盟諸国で、首都に大きな米軍基地のある都市のアメリカ公館にはこの秘密諜報組織の拠点は設置されていないことになります。
両都市には、NSAとCIAの拠点と人員は第二次世界大戦後、あるいは朝鮮戦争後から多くいるので必要ないとされているのかもしれません。

なにしろこの組織は、1970年代後半からあるとされ、アメリカ政府がは今に至るまで、その存在を絶対に認めない極秘部門ですので、これに関する情報は限られており、実態がほぼ不明のため、組織名の日本語訳もなく、その推定される活動内容からして、上記のように「アメリカ合衆国秘密特殊諜報部門」とするのが適切である考えます。

 わたしは、諜報機関については詳しくないので、専門家の知識にゆだねたいのですが、旧日本陸軍の中野学校出身者が侵略戦争の最前線で行った極秘活動の戦後アメリカ版のようなものであろうとも考えてよいのではないでしょうか。いずれにせよ、ここにリストアップされている都市は、アメリカのスパイの最前線であることは間違いありません。アメリカが、東アジアでは、中国を最大のターゲットとしていることの証拠となるものです。

 このリストにはいわゆる「Five Eyes・5人の眼」としてよく知られている"no spying pact"・非スパイ協定国のアングロサクソン系の首都名がないのは当然としても、そうではない東京やソウルが対象とされていないのは意味深長です。

さて、ドイツではもちろん戦後最悪のアメリカ政府との危機として受け止められています。
これは、本日のベルリンの新聞のひとこまマンガです。
Berliner Zeitung 29.Okt,2013 Heiko Sakurai
 タイトルは「首相と治安関係の大臣の新しい服」です。メルケル首相とポファラ官房長官およびフリードリッヒ内務大臣の三人は、先の6月にシュピーゲル誌が、アメリカによるドイツ市民の膨大な情報収集を報じて問題の発端になった際に、首相はこのふたりをワシントンへ派遣して、その後3人で「アメリカ政府はドイツでは違法行為は行っていないと確約を得たから問題は終わった」と公言して幕引きをした張本人たちです。
 それが、よりによって首相の携帯電話が10年以上も盗聴された事実が明らかになり、アメリカから馬鹿にされて大恥をかかされることになってしまいいました。それをメルヘン「はだかの王様」にかけて揶揄したものです。首相が「ありがとうよ、ありがとうよ、ありがとうよ、バラク」と内心で激怒していることが実にうまく表現されています。
 いずれまた、書こうと思いますが、メルケル首相を怒らしたら、アメリカ大統領といえども、ひどい目に遭うことも大いにあります。いずれにしてもこの問題は、予期できない波紋を広げるでしょう。

 さて、もうひとつは昨日の南ドイツ新聞のひとこまマンガと論説の写真です。
Süddeutsche Zeitung 28,Okt.2013

 「Changs」と題されたオバマ氏を皮肉ったマンガには、解説は不要でしょう。ただ、オバマ氏はアメリカでよりはもちろん、世界の中ではドイツで最も人気のあったアメリカ大統領ですから、失望もまた大きいことだけは指摘しておきます。
ブッシュ政権下のネオコンの世界戦略がオバマ政権で変わるのではないかとの期待が、この問題で裏切られたという意見が、一挙に大きくなりつつあります。

 その下の「ありがとう、エドワード・スノーデン」とした論説は、同紙のプランテル政治部長のもので、要旨は、ドイツの主権が侵害されている事実を暴いてくれたスノーデン氏に、ドイツは感謝しなければならない。彼はこれから始まる検察の捜査に決定的証拠を提供もできるし、また議会での調査委員会の参考人として証言をしてもらうこともできる。したがって、彼を滞在中のロシアからドイツ政府の保護の下にドイツへ招き、亡命権も保障できれば、それ自体が侵害されたドイツの主権の回復の一歩となりえるのだ、というものです。

 このような主張は日々高まっており、昨日は総選挙後に招集されたばかりの新連邦衆議院の本会議が、11月18日に盗聴問題を議題として取り上げることが決定されています。
また、本日はフリードリッヒ内相が、議会の専門委員会での参考人としてスノーデン氏が考えられると、初めて述べたとの報道もあります。

 なを、本日の日本のメディアでは、その多くが「日本は傍受対象に含まれない」との見出しになっていますが、間違いではありませんが、次には「それは何故であるのか?」を追求するべきなのです。
 日本がアメリカの事実上の精神にいたるまでの植民地であるとからではないでしょうか? ドイツはそうではないから、首相の携帯を傍受するのであると思います。
この実情を隠蔽しようとする手はずが、日本の国会での秘密保護法案なのです。


 


2013年10月28日月曜日

192:ドイツ首相盗聴事件:暴かれたアメリカのスパイ鳥SCSの巣・ベルリン都心に世界初の新名所/欧米間の自由貿易交渉凍結の動き。

 昨日、アメリカの諜報機関が10年以上に渡ってドイツ首相のメルケル氏の携帯通話を盗聴していたことが、→シュピーゲル誌などの電子版メディアで報じられ、オバマ大統領がそれを認めて、謝罪したことを報告しました。

 さてこれが、本日のフランクフルターアルゲマイネ紙日曜版のトップに掲載された写真です。この一枚の紙切れが、世界のトップニュースを引き起こす原因となったのです。
(写真はクリックすれば拡大してパノラマで見れます)
Frankfurter Allgemeine Sonntag 27.Okt.2013
 シュピーゲル誌がスノーデン氏が暴いたNSA資料から見つけ出した一枚ですが、ここにメルケル首相の名前と、携帯番号が記載されているのです。

 簡単にシュピーゲル誌による経過の概要を述べます。この資料に関して、同誌の編集長が政府報道官のザイベルト氏(彼もドイツ公共第二テレビ・ZDFの元ジャーナリストです)に、「政府でも真偽を鑑定するように」と手渡したのが、10月17日の木曜日のことでした。
ドイツ政府報道官ザイベルト氏 写真:梶村
そこで、政府の情報技術機関が数日かけて鑑定したところ、これが首相の携帯電話がアメリカの諜報機関の対象となっていることの間違いない証拠であるとされたため、そこから水面下で両政府間のやり取りが始まり、ついに先週23日のメルケル・オバマ電話会談となりました。そこで大統領が事実上盗聴を認めたため、その日の夕方の公表となり大騒ぎに至ったというのが、おおよその事実経過です。

 本日、10月27日の日曜日には、その経過と結果についてプリントメディア本体で報じられましたので報告します。
 今日段階では、ドイツ政界で、アメリカ政府がスパイ活動を停止する協定に応じない場合は、目下話合われているEUとアメリカ間の自由貿易交渉を凍結すべきだとの意見も次第に大きくなってきており、この問題は単にドイツとアメリカの2国間の問題を越えた欧米間の深刻な問題となりつつあります。
10月27日プリントメディアの一部
 これは、本日わたしが目を通したおもな新聞と雑誌ですが、いずれもトップで詳しく報じています。
Der Spiegel Nr.44.2013
さて、シュピーゲル誌は、表紙に昨日わたしが示しました同じアングルからブランデンブルク門とアメリカ大使館の夜景写真を使い、大使館の屋上を「ここが巣/Das Nest」と厳しく槍玉に挙げています。
 これにならって、わたしも写真で判りやすく示しましょう。
アメリカ大使館最上階のSCSの巣の位置,写真:Reuters
 同誌によれば、アメリカ大使館屋上にある特別の窓のない建物には、昨日報告しましたNSAとCIAの合同の、これまで知られていない秘密のエリート諜報組織であるSCS=Special Collection Serviceという情報機関がここを本拠に盗聴活動を行っているとのことです。メンバーはいずれも外交官としての身分で勤務しているとあります。
それにしても、スペシャルコレクションサービスとはよく言ったものです! まさに「特選サービス」ですね。

 この報道で特に重要なのは、極秘とされた2010年のNSAの資料によれば 、SCSは世界中の80都市のアメリカ公館に拠点があり、その内、ヨーロッパでは19カ所。パリ、ローマ、マドリッド、プラハなど。ドイツだけはベルリンとフランクフルトの2都市があり特別であるとあることです。
 
 次にその都市名を示したトップシークレット資料の写真ですが、大半の都市名が編集部によって読めないように消されています。しかし、東京、北京、ソウルなどは間違いなくこのリストにあることが確認されるのは時間の問題です。東アジアにはおよそ12都市にあるようです、
シュピーゲル誌より

 すなわち、アメリカ大使館屋上にはSCSという名のスパイ鳥が巣をかけているのです
これが初めて暴かれた極秘スパイの巣として、ベルリン観光の新名所になることは間違いありません。 なにしろ世界初ですからね。ベルリンっ子は昔から世界初が大好きで、しかも、今年はついに観光客数がローマを抜いて、パリ、ロンドンに継ぐ第3位になったと市長も喜んでいますので、間もなくベルリン観光案内に写真も出るでしょう。

 ちなみに本日の大衆紙ビルトによれば、情報筋の話しとして、現在ベルリンにはどうやら18羽のこの機関のスパイ鳥がいるとのことですが、真偽は確認できません。

 さて、被害に遭ったメルケル首相の主な仕事場である連邦首相府をわたしの写真で示しておきましょう。
ドイツ連邦首相府の正面 写真:梶村
連邦政府閣議室 写真:梶村
この建物は、ドイツ首都移転に際して建てられ、2000年に完成、初めてここで当時のシュレダー首相が2005年まで執務しました。大半の政府官庁と議会関係の新しい建物は、戦後ドイツの文字どおり「民主主義はガラス張り」のモットーに従い、ガラス窓の大きな明るい建物ばかりです。外部からも内部が見れるのです。
特にここはアメリカ大使館から800メートルで間が公園であるために「盗聴には持ってこいの環境だ 」と、元の連邦情報局の長官も本日の報道で述べています。

ですから、ここで執務したふたりの首相が、盗聴特選サービスの餌食になったことはまず間違いないでしょう。

 昨日報告しましたように、これまでに判明していることは、2002年からメルケル氏の野党時代の携帯も盗聴リストに掲載されていることから、このような盗聴が本格的になったのは、シュレダー政権が当時、アメリカのイラク戦争に正面から反対し、ブッシュ大統領を怒らせ、独米関係が冷たくなった時期が始まりではないのかというのが、現時点での大方の推定です。
 また当時の外相、シュタインマイヤー氏は、9・11以降ではないのかとも述べています。すなわち、貿易センタービルを攻撃したパイロットたちが中東諸国からのドイツへ留学生であったため、以降アメリカの諜報機関がベルリンでの活動を強化したとも考えられるという説です。

 さてシュピーゲル誌はスパイの巣の内部も暴いています。同じくNSAのトップシークレットの資料によれば、室内にはコードネームが「アインシュタイン」である超高性能のアンテナと、「カスタネット」と呼ばれるオペレーター機器がそこにはあるとのことです。
シュピーゲル誌より
以上のように、この事件はまだ始まったばかりです。拡大すれば日本政府もどのようにスペシャルコレクションの餌食になっているかを知らされることになるでしょう。

 ヒントですが、シュピーゲル誌によれば、SCSはどこの拠点でも同じような技術と方法でスパイ活動をやっているとのことです。ということは、アメリカの外交官が出入りする建物の屋上に、窓がなく怪しげな特殊な建造物があれば、そこにアインシュタインをカスタネットで操るスパイ鳥の巣がある可能性が大きいということです。


 日本のジャーナリズムにも願わくば、ドイツ以下の欧米に負けないように努力して東京のスパイ鳥の巣を暴いてもらいたいものです。それができないようでは民主主義社会の報道機関としての資格はまるでありません。

 言うまでもなく政治家だけでなく、市民の誰もが盗聴の対象となることは民主主義の基盤を崩す、立派な犯罪であるからです。










2013年10月27日日曜日

191:速報;独誌「オバマ大統領盗聴を知らず、メルケル首相に謝罪」と報道。盗聴は2002年からとも。日本政府も疑惑を質すべきである。

ドイツ連邦議会で携帯電話を使うメルケル首相 写真dpa
  ベルリンの日本メディアのみなさま、お先に失礼します。

 本日、10月26日のシュピーゲル誌電子版は、ドイツ首相府からの情報として、23日メルケル首相がオバマ大統領との直接の電話会談で、アメリカ諜報機関による首相の携帯電話の盗聴に抗議した際に、→「大統領はその事実を知らなかったと述べ、首相に謝罪した」と伝えました。これによれば、さらに大統領は「もし知っておれば、直ぐに中止させたと述べ、申し訳ないと謝罪した」としています。

 続けて、同誌は同電子版で、→「メルケル氏の携帯電話の盗聴は、首相就任以前の2002年には盗聴リストに記載されている証拠がある」 として、28日付次号の同誌でスノーデン氏の暴露した、それらの証拠を報道すると予告しました。
それによると、盗聴はオバマ氏が本年6月にベルリンを公式訪問した直前まで行われていたようであるとのことです。

 これらの報道に関して、ドイツのメディアはおしなべて「オバマ大統領が、知らなかったはずはない」と疑っています。 すなわちアメリカに対する不信は、わたしの見たところでも、これまでにないほどになっています。
 続いて一両日にも報告したいと思いますが、成り行きによっては、この「携帯ゲート・handy-gate事件」(ウォーターゲート事件のアナロジー/ウイーンのスタンダード紙論評)とまで呼ばれ始めている事態は、冷戦終結後の欧州とアメリカ関係の大きな節目になる可能性もあります。

 また、南ドイツ新聞が25日に報じたところによると、これらの盗聴の中心組織であるアメリカ軍諜報機関の→NSA・国家安全保障局のドイツにおける拠点は、ベルリンのアメリカ大使館と、フランクフルトのアメリカ総領事館に置かれており、おそらくは建物の最上階に盗聴設備が置かれていると推定できるとしています。

ドイツ連邦議会建物の屋上から観たアメリカ大使館 撮影:Taichiro Kajimura Feb.2013
この写真は、今年の2月にわたしが、国会議事堂の屋上から撮影したものです。ブランデンブルク門の南の星条旗のあるアメリカ大使館の最上階は、直線距離で300メートルほどでしょう。

 また同じく議事堂屋上からちょうど反対側にみえる首相府の写真です、メルケル首相の執務室は上階の左にあり、近くの半円形の場所に閣議室があります。議事堂から直線で3から400メートルほどでしょう。
ドイツ国会議事堂屋上から観る首相府 撮影:Taichiro Kajimura Feb.2013
すなわち、アメリカ大使館からは半径1キロメートル内にドイツ国会、議員会館、首相府が何の障害物もなくあるのです。盗聴にはもってこいの環境です。

これに関しては→シュピーゲル誌電子版の映像をご覧ください。位置関係がよくわかります。

メルケル首相の携帯電話 Die Welt 25.10.2013
 ドイツの多くの報道によれば、明らかになっているメルケル首相が使用している携帯電話の機器はふたつであり、昨日のヴェルト紙か掲載した写真を借りますと、左が首相が日常的に2005年から最近まで使っていたノキアの、いささか古い携帯で、セキュリティーはかなり低いもであるとのことです。重要事項に関するときには首相府の安全な固定電話、ないしは右の、暗号装置のついた政府専用の携帯を使用していたとのことです。

 伝えられているように、メルケル氏は上の写真にあるように、機密事項以外は日常的に、ノキアを使用しており、本来は規則で禁じられているにもかかわらず、国会の議場でも上の写真のように、彼女はしょっちゅう携帯電話で、SMSのやり取りをしています。

 それが、長年にわたり完全に盗聴されていたことで、メルケル氏は表面的には平静を保っていますが、内心は激怒していることは確実です。東独の秘密警察の支配下で育った彼女の、これまで信用してきたアメリカに対する失望と怒りがどのようなものであるかは、想像するに値します。これに関しても次回に書くつもりです。

 来週には、同じく盗聴被害が明らかになったフランスとドイツ政府高官を中心とした欧州同盟の代表団がワシントンに派遣され、事態の解明と解決策をアメリカ政府と協議することが、昨日のブリュッセルの欧州会議で決定されましたが、この問題は、これから本格化することは間違いないでしょう。もちろん双方とも穏便に済ませ、「相互スパイ禁止協定」を形だけでも実現したいとするでしょうが、それはアメリカ世論を見ても簡単ではありません。またドイツ政府は同じく被害に遭っているブラジルと共同で、国連総会にスパイ行為を禁じる決議案を提出する準備をしているとのニューヨークからの報道もあります。
 
 さらに、シュピーゲルや、ガーディアンが、まだまだ膨大なスノーデン氏からの資料を真綿で首を絞めるように暴露して行くことは確実です。
  下に写真は、日本でも昨日報道されたガーディアン紙が25日付で報道した→「NSAが世界各国の35カ国の政府首脳の通話盗聴をしている」と伝えた紙面での証拠写真です。
日本の歴代首相の電話も盗聴されていると判断できるでしょう。
 
 ここで安倍政権が現在、広範な世論を無視して「秘密保護法」を成立させようと急ぐのは、欧州同盟などの動きと、どだい方向が逆転しています。
 
 日本政府は米政府に質して、その国家機密=日本でのスパイ活動の実態を明らかにすることに尽力すべきなのです。それが日本の国益擁護での緊急の課題です。
そうしないのは、日本の歴代政権がアメリカの諜報機関の下部機関であることを機密にしたいからであると疑われてもしかたがない情勢が近いうちに来るでしょう。
 この実態を隠すには秘密保護法が有効な手段であるとでも考えているとすれば、実に笑うべき視野狭窄です。「井の中の蛙の隠蔽体質ここにあり」ということがいずれ暴かれてしまうことになります。安倍政権は世界の発展に増々逆行していることを自己暴露するだけです。
 
The Guardian Oct.25.2013

 本日の、ベルリナー ツァイトング紙は論説で「スノーデン氏がノーベル平和賞を授賞するかについての議論はこれからにしよう」と書いています。
 またドイツの国会議員からは、この問題でロシアに亡命中のスノーデン氏を国会に招いて証言をしてもらおうとの声もあり、NGOでは引き続き、ドイツ政府は同氏に亡命権を認めるべきだとの意見が強くあります。


 






2013年10月21日月曜日

190;台風の釣瓶打ちの心配・気候変動にさらされるフクシマの傷口・防げない海洋汚染・人類史の恥安倍発言

 先日の伊豆大島とフクイチに打撃を与えた台風26号に続いて、台風27号と28号が、日本列島に→つるべ打ちの打撃を与えないかとても心配です。

 気候変動のメカニズムはとても複雑ですが、 太平洋の水温が上昇して大型台風の発生が増えていることは間違いありません。フクシマはそれに対して日本列島の傷口をさらしているのが現実です。これは単に日本の傷口ではありません。人類文明の傷口なのです。シクシクと痛みます。

 いすれにしても→人類的犯罪の海洋汚染が防げないことは明らかです。
安倍晋三首相の「アンダーコントロール発言」は世界史に残るものとして、すでに確定しています。日本人だけでなく人類史の恥です。

   現時点での二つの台風27、28号の衛星画像です。

2013年10月11日金曜日

号外:祝!今年の「ノーベル新聞誤報文学賞」は産經新聞

 明日うらしま号外
 本年度の「ノーベル新聞誤報文学賞」は、産經新聞の電子版号外となりました。
わずか7分間しか見られなかった貴重な作品として評価されました。おめでとうございます!



 →社長の授賞の言葉:
電⼦新聞号外の誤通知のおわび
2013.10.10  21:16
  10⽇日午後8時前、ノーベル⽂文学賞の発表にあたり、産経新聞電子版(iPad版、iPhone版、 Android版)で「村上春樹⽒氏  ノーベル賞」の号外を掲載、同時にアプリのユーザーに対し号外 の通知を送ってしまいました。送信後に誤りに気付き、号外紙⾯を電⼦版から削除しました。

  ■産経デジタル社⻑近藤哲司のコメント

「電⼦子新聞を発⾏する産経デジタルで確認作業を怠り、誤った電⼦号外掲載と読者へのメッセー
ジ通知を⾏ってしまいました。村上春樹さんはじめ関係者、読者の⽅方にご迷惑をおかけしまし
た。深くお詫びし、再発防⽌止を徹底します」

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 なにもお詫びする必要はないでしょう。それどころか未確認ですが号外版の誤報は、おそらく日本だけでなく世界で初めての「快挙」であると推定できすから「ノーベル新聞誤報文学賞」の資格十分です。
 それに来年度には、そのままもう一度使えるかもしれませんから、大切に保存しておいてください。その時には、なにしろ、まる1年と5分も早い報道「速報世界新記録」として、ギネスブックに間違いなく掲載されるでしょう。100年は保持できる記録かもしれません。貴重です。
 
 村上春樹さんご本人はもちろん、世界中のハルキファンのみなさんの期待と楽しみはますますふくらみ長引くばかりです。
  お祝い申し上げます!

2013年10月9日水曜日

189:安倍内閣は日本社会の名誉のために2007年の「慰安婦」強制連行否定の閣議決定を撤回すべし/その1河野談話の前史

 さて→前回188の続きです。
 1990年代、ヨーロッパにおける冷静終結後、それまで東西イデオロギー対立で凍結されていた、先の大戦時の被害者、とりわけ強制労働の被害者たちの声が世界中から起きてきました。いわゆる日本軍の「従軍慰安婦」たちの声もそのひとつです。彼女たちは日本帝国軍の性奴隷として強制動労を強いられたのです。

 前にも書きましたが、この歴史の闇から起こった声が、初めて日本社会に届いてからすでに20年を越えました。ということは、現在の30歳代、またそれより若い世代はこの歴史をほとんど知らないことになります。
 知らないどころか、日本語のネット界隈では、そこだけ世界の中では特殊な空間として、「慰安婦は嘘つきだ」、「強制連行はなかった」、あるいは「金欲しさだ」など、そしてついには日本第2の大都市の某市長の「慰安所は必要であった」といった暴論にまでエスカレートしてしまっています。これが許しがたい→「強盗の居直り説教」に等しいことはここでもすでに指摘したとおりです。
 
 一昨日、ようやく在日朝鮮人学校に対するヘイトスピーチが、国際人権法に反する犯罪であるとの判決がようやくにして出されましたが、「慰安婦」に対するこれらの言説も、被害者、弱者に対する立派な犯罪的な憎悪発言であり、少なくとも最低の人道とモラルに反する恥ずべき行為であるのです。被害者の癒えることのない深い傷に、塩を塗ってよしとする第二の犯罪行為なのです。世界の民主主義社会では到底容認されないことです。
 
 日本社会は現在、経済面だけではなく、次第に最低の人権認識も失われた20年 となってしまっています。しかし、安倍晋三首相内閣の閣僚の多くが、いまだに「官憲による慰安婦強制連行はなかった」との2007年の閣議決定(これは法的には政府意思であり国家意思)を撤回しないありさまでは、在特会らの反社会的犯罪行為が野放し状態になっているのも、なんら不思議なことではありません。そして、安倍首相が確信的極右歴史修正主義者であることが、世界中での常識となってしまっているのも不思議なことではありません。ことの必然といえましょう。

 おそらくは、日本の永田町の官僚の皆さんのなかにも、これでは危ないと考えるひとたちが出てきているのかもしれません。今回の国立公文書館での法務省関係「慰安婦強制連行史料」の開示も、その兆候であればと願いたいものです。

 そこで、若い世代、あるいは海外在住の日系人のみなさまに、この問題がここ20年、どのような経過であったかを、できるだけわかりやすくここで、みまさまには未見の古い資料を示しつつ伝えたいと思います。
おそらく飛び飛びの投稿となりますが、時間がある時にボツボツ書き込みます。

このタイトルでの第1回目です。
        河野談話の前史

 まずは、共同通信社が配信し、全国のかなりの地域、地方紙で報道された記事の全文は
以下のとおりです。媒体によって見出しや長さが異なり、ネットではこれまで全文は読めません;
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 「軍強制」詳細開示  慰安婦記録で公文書 河野談話の原資料 

 戦時中、旧日本軍がインドネシアの捕虜収容所からオランダ人女性約35人を強制連行し、慰安婦としたとの記載がある公的な資料が6日までに、国立公文書館(東京)で市民団体に開示された。資料は軍の関与を認めた河野官房長官談話(1993年)の基となるもので、存在と内容の骨子は知られていたが、詳細な記述が明らかになるのは初めて。
 法務省によると、資料名は「BC級(オランダ裁判関係)バタビア裁判・第106号事件」。 49年までに、 オランダによるバタビア臨時軍法会議(BC級戦犯法廷)で、旧日本軍の元中将(有期刑12年)、同少佐(死刑)など将校5人と民間人4人を 強姦 (ごうかん) 罪などで有罪とした法廷の起訴状、判決文など裁判記録のほか、裁判後に将校に聞き取り調査をした結果が含まれる。
 計約530枚で、法務省がこれらを要約したものが談話作成の際に集められた資料の一つとなった。原資料は99年に同省から公文書館に移管され、神戸市の市民団体の請求に対し、9月下旬に開示した。
 元陸軍中将の判決文などによると、戦時中の44年、ジャワ島スマラン州に収容されていたオランダ人女性を、日本軍将校が命じて州内4カ所の慰安所に連行し、脅して売春させた。
 判決文には将校らの証言として「州警察の長に、遊女屋用の女をキャンプで選出するよう依頼した」「婦女は○○(将校の名)の要請により州の役人が連れ出した」「女たちは遊女屋に入るまで、どういう仕事をするのか聞かされていなかった」と記載されている。
 資料に含まれ、中将が帰国後の66年、石川県庁で行われた聞き取り調査の記録によると、中将は「連合軍の取り調べとなると、婦人たちもあることないこと並べたて、日本軍部を悪口する」と戦犯法廷に反論する一方、「(慰安婦となる)承諾書を取る際も若干の人々に多少の強制があった」と述べた。
 法務省司法法制部は「古い資料のため、作成の経緯は確認できない」と話している。


●慰安婦問題の資料次々 
 河野談話から20年 

 旧日本軍の慰安婦問題で、軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話から今年で20年。この間、談話を裏付け、補強する資料が研究者や市民団体の活動で次々と明らかになった。一方、安倍晋三首相は過去に、事実誤認があるとして河野談話の見直しに言及したことがある。
 これまでに国立公文書館やアジア歴史資料センター(東京)などから開示された資料には/(1)/陸軍省が慰安所設置を決めた「 野戦酒保規程 改正に関する件」、/(2)/第35師団司令部が軍施設として慰安所運営規則を定めた「営外施設規定」、/(3)/政府が慰安婦の渡航を認める閣議決定をしたことを示す「渡支那人暫定処理に関する件」、/(4)/インドネシアや中国での慰安婦強制連行を示す東京裁判の尋問調書―などがあり、いずれも軍や政府の関与、強制性を示している。
 安倍政権は現在、「河野談話を踏襲している」との立場だが、第1次安倍内閣の2007年には「強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」と閣議決定した。
 資料を収集してきた一人で、市民団体「強制動員真相究明ネットワーク」の 小林久公 (こばやし・ひさとも) 事務局長=札幌市=は「河野談話の事実認定にはあいまいな部分があり、閣議決定はそれさえ覆した。政府は新たな資料できちんと事実を認定し、慰安婦問題の解決に向けて取り組んでほしい」と話している。


●開示資料中の主な証言 
 
 【元中将の判決文中にある将校らの証言】
 「州警察の長に、遊女屋用の女をキャンプで選出するよう依頼した」
 「婦女が収容所から出発するのも自由意思によるものではなく、○○(将校の名)の要  請により州の役人がキャンプから連れ出した」
 「女たちは、遊女屋に入るまでどういう仕事か聞かされていなかった」
 「遊女屋が開かれてまもなく日本人将校間に、婦女の多くは強制的に入れられたもの   で、いつも売春を拒絶していることが知れ渡った」
 「○○少佐が、遊女屋の指揮、設立、施設、管理等を担当していた」
 
【裁判後の元中将への聞き取り調査】
 「○○大佐らから提案を受け、軍司令部の参謀に、抑留婦人を慰安婦とする件を話した  が、反対意見は出なかった」
 「州庁側で選出し整列させた婦人(不承諾者も含まれていた)から、中尉が勝手に選定  して連れてきた」
 「連行後、各人から承諾書をとる際も若干の人々には多少の強制があった」
 「敗戦後、連合軍が取り調べると、婦人たちもメンツ上、どうしても強制だったと、あ  ることないことを並べたてて日本軍部を悪口することになるのは自然で、問題視され  るに至った」


●談話見直しは困難 
 
  永井和・京都大教授(日本現代史)の話 慰安所の管理、運営について河野
談話は「軍が関与した」との表現にとどめた。「民間業者が運営し、軍は一定の
管理はしたが利用しただけ」と主張し、河野談話を見直すべきだとの立場の人も
いる。しかし既にさまざまな資料から、慰安所は軍が設置した軍の施設と証明さ
れ、強制性を裏付ける資料も出ており、談話の見直しは難しい。強制連行はなかっ
たと強調すればするほど国際感覚からずれ、歴史的事実からかけ離れ、日本にとっ
てプラスにならない。


●内容の信頼性高い 
 
  林博史・関東学院大教授(日本近現代史)の話 「バタビア裁判」の資料は、
法務省が内部資料とすることを前提に戦犯の被告や弁護人から収集した文書と思
われ、内容は信頼性が高い。この文書だけでなく、軍作成の資料などから、慰安
所が軍施設であり、強制性があったことは既に明白だ。「強制連行を示す記述が
ない」という主張は、河野談話までに日本政府が収集した資料の中身を曲解して
いる。政府は資料収集を継続し、新資料に基づいた新たな見解を出すべきだ。


●河野官房長官談話 
 
 河野官房長官談話 1993年8月、当時の宮沢内閣の河野洋平官房長官が、従軍慰安婦問題の政府調査に基づいて発表した。慰安所は「軍当局の要請により設営され」、管理や慰安婦の移送は「軍が直接あるいは間接にこれに関与した」とした。募集は「軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、甘言、強圧などにより、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、官憲が直接加担したこともあった」と指摘し、慰安婦に謝罪した。以降、歴代内閣が談話を踏襲する姿勢を表明している。

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以上が全文です。さて昨日の共同通信のHPの→トピックスでの記事では、今回開示されたこの写真を見ることができます。

個人が特定される部分に画像加工があります  国立公文書館で開示されたバタビア裁判の判決文(画像の一部を加工しています)2013年10月7日共同通信

これは、今回開示された「スマラン強制売春事件」の最高責任者であった、野崎清次元陸軍中将に対する判決文の法務省による翻訳文書の冒頭部分です。今回明らかになったことは、この文書が1993年ののいわゆる「河野談話」の重要な資料のひとつとしてあったことです。能崎中将は禁固12年の判決を受けています。

 そのオランダ語の同判決文原文の 冒頭の部分がこれです。
能崎清次強制売春事件判決文・蘭領東印度臨時軍法会議1948年第34号
これは、わたしの手元にあります。この写しをネットで公開するのは初めてです。

 朝日新聞が、これを含む膨大な資料とわたしの翻訳を元に、事件の全容を伝える第一報を報じたのは1992年7月20日でした。そして、このスマラン強制売春事件のまとまった特集が出たのは、同年8月30日でした。9月19日には朝日新聞は英字紙で、同様の特集を報じ、世界中がこの事件を知ることになりました。
朝日新聞1992年8月30日
Asahi Evening News September 19.1992




同年7月20日の朝日新聞のスクープ第一報と、インドネシアの週刊誌の報道に応じて、オランダの高級紙は早くも8月8日に、専門家による「東洋の静かな強制」というタイトルで、旧蘭領東印度での日本軍によるオランダ人女性強制売春の全面特集記事を掲載しました。
NRC Handelsblad 8 Augustus 1992
これは、前年の1991年に韓国で金学順さんが、初めて性奴隷として名乗りを上げてから、1年にもならない時期の出来事でした。これらにより世界中が旧日本軍の「慰安婦問題」に注目することになりました。

 これらの報道は、現在読み直してみても、史実に基づいた極めて正確な包括的な内容です。これが当時の日本政府の調査を促し、1年後の1993年8月の河野談話となった前史です。

 その後の研究調査によって、オランダ人性奴隷だけではなく、また朝鮮人女性だけでなく、あらゆる日本占領地で現地女性たちを性奴隷とする軍の制度としてあったことを証明することになります。
 そして、この問題は、いまや国連機関にまで到達することになっています。その主な原因は、安倍、橋下発言などの、政治家のたちの史実を否定したり正当化する反人道的言動なのです。彼らの発言は国際社会では、日本の政治家によるまぎれもないヘイトスピーチとして受け止められているのです。




2013年10月7日月曜日

188:安倍首相の苦い教訓「スマラン事件」:慰安婦記録「軍強制」の詳細開示 公文書館、河野談話の原資料/追加報道あり

 読者のみなさま、この項は、投稿1日後の現時点でかなりアクセスが多く、とりわけアメリカの読者が増えています。そこで、それも考慮して近いうちに、項を変えて続きを執筆しますのでご期待下さい。→最初はこちらです。

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 先ほどの共同通信の報道です。

慰安婦記録「軍強制」の詳細開示 公文書館、河野談話の原資料



 戦時中、旧日本軍がインドネシアの捕虜収容所からオランダ人女性約35人を強制連行し、慰安婦としたとの記載が ある公的な資料が6日までに、国立公文書館(東京)で市民団体に開示された。資料は軍の関与を認めた河野官房長官談話(1993年)の基となるもので、存 在と内容の骨子は知られていたが、詳細な記述が明らかになるのは初めて。

 法務省によると、資料名は「BC級(オランダ裁判関係)バタビア裁判・第106号事件」。49年までに、オランダによるバタビア臨時軍法会議(BC級戦犯法廷)で、旧日本軍の元中将らを強姦罪などで有罪とした法廷の起訴状、判決文など裁判記録などが含まれる。
                      2013/10/06 20:42   共同通信

 ようやく法務省が開示したようです。

 文面からすると、これはいわゆる、日本占領下にあった蘭領東印度(インドネシア)で起こった、いわゆる「スマラン事件」の裁判記録でしょう。

 この事件は、オランダの臨時軍法会議で裁かれた数少ない日本軍による強制売春事件として、膨大な裁判原資料が1992年以来、オランダ政府により開示されているために、安倍晋三首相以下極右たちの「慰安婦強制連行否定派」にとっては、もっとも都合の悪い証拠史料として毛嫌いされているものです。

 わたしが、このオランダ語原文を入手し翻訳、それを朝日新聞が公表したのは1992年7月末のことでした。それ以来、日本の歴史修正主義者との闘いは20年以上も続いています。
これが、スマラン事件に関する三件の裁判のうちのひとつの判決文原文の冒頭の部分です。この軍事法廷で禁固12年の判決を受けた能崎清次陸軍中将のこの判決文などは、当然日本語に翻訳され、本人が保管していたのですが、後に法務省がそれを蒐集して保管していることは知られていました。
ようやくにして、法務省がそれらを開示したことは、民主主義国家として当然のことです。
  最近も橋下大阪市長の「慰安婦必要発言」で、少し詳しくこれらの経過について→このブログで触れたとおり、このような歴史事実は、日本政府がいくら隠そうとしても不可能です。
 2007年に安倍晋三首相が「狭義の強制連行はなかった」との暴言を吐いて、世界中の怒りを買った際にも、わたしはベルリンから動かすことのできない史料を公表して、歴史を歪めようとする「日本の国賊ども」に一矢を報いましたが、日本の法務省も危機感を抱いたのかどうかは知りませんが、ようやく一定の史料の開示に踏み切ったようです。

 おそらくはスマラン事件の起訴状と判決文だけでしょう。ライデン大学名誉教授、村岡崇光先生の天才的語学能力で訳出され、週刊金曜日にわたしが解説を連載、そして2008年に単行本として出版したこの写真の資料集には、この事件の供述調書3点含まれています。

 それにしても20年前に、日本政府がほこりを払って開示しておれば、「慰安婦問題」でこれほど日本が国際社会で孤立し、特に安倍政権が世界中から極右政権として敵視されるような今日の事態は、ある程度は防げたのではないかと考えると、非常に残念です。

遅きに失したの感はありますが、願わくばこれからも積極的に史料が開示されることを期待したいものです。民主主義にとって必要不可欠なのは情報の公開なのですから。

 また、わたしにとっても、オランダ語原文が当時どのように翻訳されているかを、ようやくこの写真の単行本の内容と比較検討できることになるので非常に興味のあることとなります。

この報道と平行して安倍晋三首相の→次のような発言が日経新聞に見られます。
首相汚染水漏れ世界知見吸収

2013/10/6 18:34

 安倍晋三首相は6日、京都市で開かれた「科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム」で講演し、東京電力福島第1原子力発電所の汚染水 問題に関し「我が国が学ばざるを得なかった苦い教訓だ」と述べた。「課題への対処のため世界中から最も先進的な知見を吸収しなくてはならない」と語った。
 オランダ政府の公文書も、「安倍晋三首相にとって学ばざるを得なかった苦い教訓」なのです。
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追加の報道です。
本日の北海道新聞に掲載された記事の写真です。札幌の小林久公氏から送られてきたものです。感謝して追加させていただきます。
上記の共同通信を元にした記事のようです。
金沢出身の能崎清次元中将を釈放後に石川県庁で聞き取り調査をした資料もあるそうです。クリックすれば 拡大して読めます。
北海道新聞2013年10月7日



 













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以下は、2007年5月11日付けの共同通信のベルリンからの配信記事です。
ネットではもう読めないようですので、記録しておきます。これらはたちまち世界中に報道されました。(写真は省きます)
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憲兵らが直接連行 少女にも売春強要 日本占領下インドネシア 慰安婦問題で新史料 オランダ公文書 被害者調書に記述
 
 【ベルリン11日共同】太平洋戦争時の従軍慰安婦問題で、日本占領
下のインドネシアで憲兵らが直接、女性を連行して慰安所で売春を強制
したオランダ政府の公文書が十日までに見つかった。旧日本軍による
「狭義の強制性」を否定した安倍首相の発言の矛盾を裏付ける新史料と
して注目される。
 公文書は、戦争犯罪問題を調査しているベルリン在住ジャーナリスト
の梶村太一郎氏が入手した未公開の約30点。1944年にインドネシ
アのマゲランやフロレス島で起きた集団売春強要事件の被害者宣誓証人
尋問調書に記述されていた。
 マゲランの事件に関し、東京裁判に証拠として提出された46年5月
の調書では、当時27歳のオランダ人女性が、憲兵に衣服をはぎ取られ
慰安所に連行されたと証言。抵抗したが手も足も出ず、売春させられた
としている。
 女性抑留所に収容されていた目撃者の48年3月の調書によると、抑
留所を訪れた日本人が少女らを病人に仕立てて診療所に収容するよう指
示。そこで選ばれた少女らが慰安所に連行され売春を強要されたと、こ
の目撃者は詳細に証言した。
 梶村氏は「被害者は連行され売春させられており、安倍首相の言う
『狭義の強制性』の典型的な例だ」としている。
軍の明確な強制を描写 
 
 内海愛子アジア太平洋資料センター代表理事の話
 オランダ政府公文書としての宣誓尋問調書から、これだけ明確に旧日本軍の強制売春
行為を描写する内容が確認されたことは極めて重要だ。これらの公文書
には、まさに「軍の強制」が記されている。今後はこうした裁判記録な
どをどう分析、評価していくかが全容解明の鍵となる。
【写真】旧日本軍による強制売春の記述があるオランダの公文書(共同)
 
New records show women coerced into prostitution in wartime
May. 11 BERLIN, Germany
Dutch government documents made available May 11 by Japanese journalist Taichiro Kajimura in Berlin show Japanese authorities abducted and coerced women into prostitution during World War II in occupied Indonesia. The evidence contradicts Prime Minister Shinzo Abe's recent remarks disputing such wartime coercion by the Japanese military. (Kyodo)
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