高レベル核廃棄物容器を積んだ11台の専用車輛が積み替え施設を18時36分に出発。
車列はゆっくりとした速度で南ルートを進行、途上で抗議行動を受けて停車しながら、ゴアレーベン中間貯蔵施設に19時50分に到着しました。ラアーグ出発以来125時間余の最長記録で、昨年の92時間を大きく更新しました。
この輸送中の午後八時のニュースで、公共第一テレビ放送ARDのレポーターは「脱原発決定にもかかわらず、反原発運動は納まらない。ゴアレーベンの核燃料最終処理施設の問題に切りがつけられない限り、反原発運動は納まらないことが明確になった」と述べ、現地市民運動側のスポークスマンであるヴォルフガング・エムケ氏は「ドイツの反核運動は、今回より生き生きとしてきた」 と語りました。
さらに到着後の22時15分からのARDのニュース解説者は「脱原発を決定しても、国会の調査委員会でも次々と疑問が明らかになっている35年間にわたる根拠の疑わしいゴアレーベン最終処分施設に予算を付けている試掘を中止しない限り、このような余分とも言える争いを治めることは不可能である」と真正面からドイツ政府の最終処分施設に関する政策を厳しく批判しました。
これは、明らかに反原発運動市民運動の勝利といえます。何よりもゴアレーベンの市民たちの大きな勝利です。岩塩層の試掘を止めて最終処分施設の立地をゼロからやり直せとの主張です。
中間貯蔵施設に向う核燃料廃棄物 dapd |
特に行程の最終地点にさしかかるラーセというエルベ河に近い広大な農地と牧場付近ではデモ隊が麦わらの巨大な固まり(これは農閑期のドイツの農地ではあちこちにあります)に火をつけて河からの風で煙幕を張っています。
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また、20時頃には、時速10キロほどで進行する先頭の車輛の上に突然ふたりの人物がよじ登り、約20分間ほど車列の行進を止めています。20キロ足らずに 二時間以上かかったのはこれらの抵抗のためです。
現地の市民運動のラジオ放送は、勝利宣言と支援に感謝の挨拶をして先ほど放送を終えました。
フィーナレの写真です。燃える麦わらの煙に曇る牧場。旗はゴアレーベンの闘いの源泉である「ヴェントラント自由共和国」のシンボル。
2011年ゴアレーベン阻止闘争のフィナーレ:dapd |
(11月29日0時)
読者のみなさまへお報せ:以上5日間駆け足で事態を追いかけて来ましたが、この大闘争の総括を近いうちに書き込みます。ドイツのメディアでも数日かかります。
また27日の夕方には福島県からの被害者のみなさまがベルリンを訪問されて報告集会がありましたので
その報告も近日中にいたします。
(29日12時追加)
ゴアレーベンからの記事を読みながら、考えたというより感じたのだが。
返信削除「放射能=原発」非常事態のはずの日本の今が、
ドイツの今に共振しない不思議はなんだろう。
二国の政治行動の根本的な違いは水と油のように感じる。
よく言われることだが、西洋は石と金属の国。
かたや紙と木材の家の日本国。
押されても押し切るぞ行動の国と、押されたら引っ込んでお辞儀する国。
言いたくはないが言いたい。
日本にたいして嫌みになってしまうが。
日々暮らしている、見て接している気配が違うのだと思う。
暮らしの歴史が背中の石壁や土台の下の地下室にもある。
幾多の戦争で近隣民族と敵味方になりながら、水と空気を共有している。
政治も天災も人災も「復興.、応援、思い遣り、合意」で軽ーく意識を通過していく日本。
稲穂の国は藁の国。
今回の事態に、実りもせぬ頭を下げて他国に良い顔をしてみせる。
こんなふうに天下の一大事を情緒的に処理していく日本人の心と頭なのか。
ゴアレーベンへの線路に、道路に、搬入輸送妨害戦術にはまったく感じ入る、恐れ入る。
30年も続く孫や子も参加する抗議行動に心の震えがくる。
人は素晴らしい生き物だと、万有の神性が宿っていると感じる。
歴史や学びは一朝一夕成らず、と思う。
この日本には放射能日本のガイストの行く末があるのだが、やはり残念だ。