2012年7月20日金曜日

102の(上):チェルノブイリで子どもの病気を隠蔽した「エートス・プロジェクト」がフクシマで再稼働

 本日7月20日の東京での金曜デモは、雨にもかかわらず7万人も集まったようですね。鳩山由紀夫元首相があいさつしたり、また15歳の高校一年生が驚くべき明晰な演説をしたり、ベルリンからIWJの実況中継を観て、大変に元気づけられました。全国各地でも雨にも負けず声を上げている市民のみなさまに感謝いたします。

もはや首相官邸は野田ドジョウ首相にとっては、「どじょう豆腐」のように最後の逃げ場になっているようです。市民の熱い声で「官邸豆腐」の中で往生するまで続けましょう。29日の公開大包囲デモは、大きな山場になるでしょう。アジサイ革命の次はヒマワリ革命として続けましょう。 

  さて、先にお伝えしたようにドイツ放射線防御協会会長のプフールバイル氏は、→先月の日本訪問でのメッセージ「市民と科学者は一隻の船の同乗者」で、フクシマでも「エトス」という言葉が使われ始めていることについて次のように警告しています:

また倫理観(Ethos)という言葉も使わ れだし、元の意味からはかけ離れた形で使われています。チェルノブイリ後「ETHOS・エトスプロジェ クト」という名の研究プロジェクトが立ち上げられていました。チェルノブイリ地区で、核の大惨事が どのようなものか研究し、様々な測定法やロジスティックを編み出し、住民の生活条件や生活様式を放 射能汚染に慣れさせていくという目標を持っていました。この研究プロジェクトの全てが悪かったわけ ではありませんが、方向性は間違っていました。この地区に住む私の友人等がこれらの研究が、フランスなどで起こる次の核事故にむけて準備をするためのものであると気付くのに時間はかかりませんでした。チェルノブイリ地区の住民にとっては、あまり役に立つものではなかったのです。エトス(Ethos)という概念は、今福島でも使われ始めています。
 私たちはこのようなやり方の本当の目的が何なのか正確に分析しなければなりません。住民を放射能汚染された地域に留めておこうとしていること、そして 彼らの生活を放射能汚染に慣らそうとしているとの疑いが自ずと起ってきます。このような努力は核エ ネルギーのための奉仕と理解することです。たとえ核事故の後であっても、多少のあざができるだけで、 避けることができると見せかけるのです。住民の保護や健康は、全然、またはわずかにしか問題にされません。

彼はここで非常に控えめに批判していますが、チェルノブイリで立ち上げられた「エートスプロジェクト」を推進した核大国フランスの世界原発村の第一線のイデオローグたちが、昨年から日本の政府中枢と福島へ乗り込み、第二弾の「エートスプロジェクト」をフクシマ版として再稼働させようとしています。
実は、このプロジェクトはチェルノブイリの被災地では、一見して被曝したひとびとを援助しようとしながら、実際には汚染地に人々を定住させることにより、子どもたちの発病を防ぐことに失敗し、さらにその事実を隠蔽したのです。要するに原発事故の後始末を出来るだけ安上がりに押さえるために、子どもたちを見殺しにした、いわば世界原発ロビーの生き残りの画策なのです。それを再びフクシマで試みようとしています。
この危険性に気付いた「市民と科学者の内部被曝研究会」の牟田おりえ氏が、以下のように背景を追求した論考を先週発表されましたのでお伝えします。


このプロジェクトの実態については、本年5月に日本を訪問して各地で講演をなさったスイスのバーゼル大学のミシェル・フェルニックス教授が、早くから指摘し批判されています。牟田氏は彼の助言を得ながら以下の論考を執筆されています。
わたしも、5月にまさにこのプロジェクトの実施地域である郡山市のお母さんたちの支援にはげんでいる「安心・安全・アクションin郡山(通称3a/スリーエイ・野口時子代表)」をフェルニックス教授が訪問した時に居合わせてお話を伺いました(下の写真)。 教授はこの牟田論文の終わりに紹介されているように、長くアフリカでの国連関係の医療活動に携われた実績のある、実に温厚で絵に描いたような市民科学者の医師です。


牟田論文は長いため、(上)(下)の2回に分けて掲載いたしますので両方をご覧ください。本論は(下)の方にあります。またその文末には梶村による付録もありますので、じっくりお楽しみ下さい。



Prof.Michel Fernex , Muta Orie, Noguchi Tokiko, May 21.2012 Photo:T.Kajimura

   エートス・プロジェクトについて(上)

         市民と科学者の内部被曝問題研究会  牟田おりえ 
                     2012年7月17日

 はじめに

 
 昨年末から「エートス・プロジェクト」あるいは「ダイアローグ・セミナー」「ステークホル ダー」などの言葉が福島をめぐって飛び交っています。そして、中心人物である ICRP(国際放 射線防護委員会)第 4 委員会委員長のジャック・ロシャール氏(Jacques Lochard)が日本政府・ 福島県、そして市民に精力的に働きかけを始めているようです。
ロシャール氏が福島で始めようというエートス・プロジェクトとは何か、その原点であるベ ラルーシにおけるエートス・プロジェクトについて、ミシェル・フェルネックス教授1に伺い、 自分でも調査を進めたので、現時点で判明したことをお知らせいたします。まさに「国際原子 力ムラが企んでいること」を知らなければ、餌食にされてしまうという危機感を持ちました。 フェルネックスさんも、犠牲者はいつも子どもである、ベラルーシのエートス・プロジェク トは医学的「惨事」で、それを福島で繰り返してはならないとおっしゃっています。

以下の要点に沿って、述べていきます。
1. エートス・プロジェクト主導者のジャック・ロシャール氏と福島のエートス・プロジェクト
の関係について。また、ロシャール氏と共同でプロジェクトを進めてきたテリー・シュナイ ダー氏(Thierry Schneider)の所属母体 CEPN(Nuclear Protection Evaluation Center 放 射線防護評価センター)が国際原子力ロビーの中心にあること。

2. プロジェクトの究極の目的が「コスト・ベネフィット(費用効果)」にある点。住民を安全地 帯に移住させるコスト、賠償コストと、汚染地域に残して、住民主導とみせかけた「放射線 防護教育・ダイアローグ」をする場合のコストとを比較して、エートス・プロジェクトを始 めたという経緯が見られること。つまり、プロジェクトの主目的が「政府が住民を汚染地域 から出さないために、住民自らが残ることを選択したように見せる」ことである点。

3. モデルとされるベラルーシのエートス・プロジェクトが子どもの健康面を無視し、現地の小 児科医の訴えと報告(プロジェクトが進む中で子どもたちの症状が悪化し続けた)を公式報 告書から削除したこと。福島のエートス・プロジェクトも汚染地に子どもを残し、健康面と 医療面を無視する可能性が大きいこと。


1.ジャック・ロシャール氏と福島のエートス・プロジェクトとの関係

 ロシャール氏が関与した ICRP(国際放射線防護委員会)主導、福島県庁・日本政府その他 主催の「ダイアローグ・セミナー」については「ETHOS IN FUKUSHIMA」ホームページ その他で知られているので、あまり知られていない動きに焦点を宛てます。その上でロシャ ール氏とICRPの関係、彼が所長、テリー・シュナイダー氏が副所長を務めるCEPN(Nuclear Protection Evaluation Center放射線防護評価センター)という組織と国際原子力ロビーと の緊密な関係について述べます。

1.1. 福島とエートス・プロジェクト
a. 2011 11 28 日:ジャック・ロシャール氏が 11 28 日に内閣府「低線量被ばくのリスク
管理に関するワーキンググループ」委員会で、「チェルノブイリ事故からのいくつかの教訓:
生活環境改善に向けたステークホルダー関与の2つの事例、福島に向けた提案」を発表。
ロシャール氏がベラルーシで行ったエートス・プロジェクトを勧めるという内容は、ICRP・ 福島県主導のダイアローグセミナーと同じであり、日本政府・県庁レベルと市民レベル(ETHOS IN FUKUSHIMA)を巻き込む運動を ICRP, OECD などが積極的に進めていると読めます。内 容は内閣府からアクセス可:http://www.cas.go/jp/jp/genpatsujiko/info/twg/dai5/siryou2.pdf

ロシャール氏プレゼンの要点
* ICRP作成の2011/4発行ICRP Publication111(第一執筆者がロシャール氏)について。 * 汚染地域で住み続けることを前提にしている。
* 住民が自発的に放射線防護にあたること、そのための勉強会をサポートすること(放射

能測定、正しい情報提供等)、あくまでも住民主体というスタンスを強調していますが、 高濃度汚染地域に住み続けさせることを目的とし、押しつけではなく住民主体の放射線 防護運動に見せかける提言と読めます。
b. 2011年11月8日:ロシャール氏の相棒的存在のテリー・シュナイダー氏も同時期にヨーロッパ でプレゼンを行っていましたが、彼の発表の方が世界原子力ロビーの企みをはっきり述べてい て、わかりやすいです。

シュナイダー氏プレゼンの要点
* 当局(福島県・日本政府)は住民に汚染地域に住み続けるよう提案すべきである。 しかし、この決定は住民とのダイアローグ(対話)を通じて生まれる必要がある(つ まり、住民が自主的に残ると決めたように見せなければならない)。
* 住民が自分たちの(放射線)防護を自分たち自らで行うこと。 
  * その地域(福島)の発展を求めるようにするための、経済対策を立ち上げること。
* ベラルーシでのエートス・プロジェクトとコア・プログラム(CORE:
Cooperation for
Rehabilitation/復興.回復への協力)から生まれた経験を活かすこと。
* 結論:チェルノブイリ事故の経験から得た上記の点は、福島事故の管理/対処に役立つ。
シュナイダー氏のプレゼン資料:
http://www.eurosafe-forum.org/userfiles/2_6_slides_lessons%20Chernobyl%20post%20accid _T_%20Schneider_20111108.pdf
主催者のユーロセイフ・フォーラム(EUROSAFE Forum)は、ヨーロッパの原子力の技術 的安全使用の一体化を促進するために、1999年に設立され、ヨーロッパ各地の原子力に関する 省庁、研究機関、原子力産業などが参加しています。なぜヨーロッパで同時期に同じ内容を発 表したのか、原子力ロビーの理由と論理がありそうです。

1.2. ジャック・ロシャール氏について 
  a.ICRP 4 委員会委員長という肩書き
ETHOS IN FUKUSHIMA(福島のエートス)の理論的支柱となっているロシャール氏の現 在の肩書きは「ICRP 第 4 委員会委員長」と「CEPN 所長」です。ICRP 第 4 委員会は放射線 防護システムの応用について助言をし、また、防護に関する国際組織との連絡役を果たすとさ れています。オブザーバーとして EC(欧州委員会放射線防護ユニット)・IAEA(国際原子力 機関)・ILO(国際労働機関)・UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)・WHO (世界保健機関)などがあがっています。(ICRP の HP 参照)
b.CEPN(Nuclear Protection Evaluation Center 放射線防護評価センター)長という肩書き
CEPN センター長のロシャール氏にならんで、ETHOS IN FUKUSHIMA ホームページに は、同センター副所長のテリー・シュナイダー氏もたびたび登場します。ベラルーシにおける ETHOS プロジェクトでは、この二人が重要な位置を占めていました。
二人が所属する CEPN のホームページによると、1976 年に設立された NPO(非営利組織) で、目的は放射線防護の最適化原則を開発し応用することだったが、最近の研究プログラムは 放射能評価とリスク管理にステークホルダー(市民・専門家を含めた当事者の意味で使われる) を取り込み、放射線防護の文化を広めることに焦点が移っていると述べられています。
c.CEPN の協力組織
CEPN のホームページには「メンバー」として、4組織があげられています。EDF(フランス電力公社)・IRSN(フランス放射線防護原子力安全研究所)・CEA(フランス原子力庁)・ アレヴァ社です。CEPN のホームページ参照:http://www.cepn.asso.fr/spip.php?lang=en ロシャール氏と CEPN の関係は、このセンターが設立された翌年の 1977 年に、経済学部卒の ロシャール氏が研究助手として入り、10 年後の 1989 年に所長になったと OECD の履歴紹介 文書に書かれています(http://www.oecd-nea.org/press/press-kits/lochard.pdf)。
世界一の原子力企業と言われるアレヴァ社とフランス原子力庁、フランス電力公社を「メン バー」として持つということは、世界原子力ムラの中心にいると言ってもいいと思います。3.11 直後にアレヴァ社とサルコジ前大統領が乗り込んできたことと、その1年後にロシャール・シ ュナイダー氏が乗り込んできたことは無関係ではないと思います。

2.ロシャール氏の原点
 
ロシャール氏とは何ものか追跡していて、原点とも言える IAEA との関係、原発事故後の社 会の沈静化のメッセンジャーとしての役割などが浮上してきました。「沈静化」には2つの側面 があり、1つは汚染地域から移住させないため、賠償金を要求させないために「汚染地域でも 楽しく生きられる」というメッセージを植え付けること、もう1つは、原子力ムラ(政府・行 政・専門家)への市民の不満・不信感をそらすためです。
ベラルーシのエートス・プロジェクトの前段階の動きが 1990-1991 年の IAEA(国際原子力 機関)「国際チェルノブイリ・プロジェクト」に見られますが、ロシャール氏はこの IAEA のプ ロジェクトに大きく関わっています。彼の役割がその後のエートス・プロジェクトにつながっ ていると思われます。ちなみに、シュナイダー氏もこの報告書に名前が記載されています。

2-1.「国際チェルノブイリ・プロジェクト」について

チェルノブイリ事故から 3 年半後の 1989 年にソ連政府は、事故対策や今後の防護対策につ いて評価してほしいと IAEA に依頼し、IAEA や WHO(世界保健機関)は調査団を派遣して、 少数の被災地を短期間まわり、市民や当局者との対話を行い、ソ連当局から提供された資料を もとに、1991 年に報告会議を開催して、報告書(全 750 ページ)を公表しています。

その結論は「放射線と直接に関係がある障害はみられなかった。事故に関連する不安が高レ ベルで継続し、心配やストレスといった形で多大な負の心理的影響を及ぼした」とし、現地(ベ ラルーシやウクライナ)の科学者たちが汚染地域の発症率の増加を認めているのに、「放射線 によるとされた健康被害は、適切に実施された地域調査、およびプロジェクト(注:IAEA の 国際チェルノブイリ・プロジェクト)による調査のいずれによっても、証拠づけられなかった」 2としています。このプロジェクトに参加したベラルーシやウクライナの専門家は、この結論 に対し、反対声明を出しています3。

2-2.国際チェルノブイリ・プロジェクトにおけるロシャール氏の役割

このプロジェクトにおけるロシャール氏の役割は CEPN 所属のコンサルタントで、「移住に 関する評価」のセッションで、「コスト・ベネフィット(費用効果)分析」と題した報告を行 っています。つまり、汚染地域から市民を移住させるべきか、残すべきかの決断をソ連政府が するための助言的役割と言えるのでしょうが、IAEA の結論は最初から「放射能被害はない」 というものですから、その答えにあうような「分析」を行うのがロシャール氏の役割だったと 言ってもよいと思います。
この会議でなされた報告についてコメントする役割の審査官(K. Duncan,ダンカン)がロ シャール氏の分析について述べていますから、その一部を翻訳紹介します。このコメントはロ シャール氏の報告についてだけでなく、IAEA の「国際チェルノブイリ・プロジェクト」の本 質を突いていること、その「非道さ」を正当化しようと必死になって支離滅裂なコメントをし ていることがわかると思います。
さて、ロシャール氏の報告、コスト・ベネフィット/費用効果の問題ですが、多くの人 の耳には、この言葉(コスト・ベネフィット/費用効果)が冷たく響くでしょう。残念な 言葉の選択ですが、決して非道な方法に使われるのではないのです。決して非道なつもり ではなく、この分野全体も非道ではないのですが、確かにそう聞こえてしまう。人という ものは感情的に発言するもので、この問題にも感情が入りすぎています。人の命をお金に 換算することはできないと。ある意味では、できませんが、ある意味では、そうしなけれ ばならない。なぜなら、健康にお金を使いすぎるべきではないという人もいるからです。 全くばかげています!
国家予算すべてを健康にかけた結果、以前よりも悪くなることもありえるのです。医者 だけが金儲けをする結果になります。(p.55)
 

出典:The International Chernobyl Project: Proceedings of an International Conference held in Vienna, 21-24 May 1991 for presentation and discussion of the Technical Report (1991):http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub894_web.pdf
2-3.ロシャール氏の報告「移住のコスト・ベネフィット/費用効果の分析」
上記のダンカン審査官が必死でかばったロシャール氏の報告には何が強調されていたのか、 いくつか拾ってみたいと思います。ロシャール氏担当と思われる箇所はテクニカル・レポート の第 4 章「ソ連邦で取られた防護対策の評価」の「移住」の節です。
出典:The
International Chernobyl Project Technical Report: Assessment of Radiological Consequences and Evaluation of Protective Measures, Report by an International Advisory Committee (『国際チェルノブイリ・プロジェクト テクニカル・レポート̶̶放射能 の影響と防護策の評価̶̶国際諮問委員会報告』) http://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/Pub885e_web.pdf
この報告書で繰り返し強調されているのは、住民を汚染地域から移住させるべきかどうかの 決め手とされる放射線量について、ソ連で受け入れられている線量は低すぎる、現実的ではな いという点と、移住にかかるコストです。最初の点について、ソ連側が設定していた 1990 年 (事故後 5 年目)の線量は「生涯 350mSv」で、それに対し IAEA は「2~3mSv/年~100mSv /年」という驚くべき線量を示しています。しかも、譲歩したのだと言わんばかりに、注をつ けて、以前は「年 50-500mSv」だったと書いています(p.433)。この 350mSv ICRP WHO から派遣された専門家によってソ連政府に提案されたもので、ソ連の科学者は年 1mSv を限度にして全員の移住を求めたそうですが、ICRP の専門家は「資金がない、ということは 問題がないということだ」と答えたそうで、これが最近日本でも聞かれ始めている ALARA(as low as reasonably achievable=合理的に達成可能な限り低く)という概念と optimization(最 適化)の始まりのようです。いずれも健康よりも、経済を優先する考え方です。
ソ連側の設定した線量が低すぎると報告書の中で何回も強調して、「被曝した住民のために という善意から出たとしても、間違っている」(p.438)とまで言っています。その上、ソ連側 が設定した生涯 350mSv を、年 5mSv だと理解する人が多いが、これも間違っているという のです(p.439)。だからといって、どう理解するのが正しいのかは言っていません。
この後、いくつかの計算式が出され、線量にかかる移住コストの計算を5組織がそれぞれ出 し、その 1 組織がロシャール氏とシュナイダー氏が所属する CEPN です(p.449)。そして、 コスト・ベネフィット分析の結論として、「汚染地域に住んでいる住民のこれ以上の移住は正 当化できない」(p.449)と断定しています。
奇妙なことは、この移住のメリット・デメリットを検討する 40 ページ以上の報告の中に、 子どもや妊婦については一切言及がなく、1987 年あたりから顕在化していた放射能による健 康被害についても言及されていません。「放射能被害はない」という IAEA のスタンスに忠実 なロシャール氏の報告だと読めるわけです。
IAEA, ICRP などの国際組織とロシャール氏たちが日本政府と福島県と共に、福島で進めつ つあるエートス・プロジェクトの理由がコスト面だけではないことが、この報告書の随所から 窺い取れます。国際原子力ロビーの本音とも言えると思います。たとえば、移住の決め手とな る放射線量の基準設定に関して、「多くの要素を考慮しなければならない複雑」なものだと言 った上で、1 国が設定したレベルは近隣諸国にも影響を与えるから、1 国だけで決めるべきで はない、また、「社会的政治的プレッシャーによって、他国より低い線量レベルを導入して、自国の世論の信頼を増そうとする場合、それはとめどもない影響を及ぼして、究極は世論の信 頼を失うだけという結果になるから、断固として阻止すべきである」(p.458)と述べています。 これが IAEA と世界の原子力ロビーの本音だろうと思います。つまり、ソ連政府が住民の安 全のために設定しようとした「低い線量レベル」を「断固として阻止すべき」だという IAEA の本音は、将来の原発事故のモデルにされて、原子力産業が衰退することにつながるから「断 固として阻止」すべきだということだと読めます。この点で、ロシャール氏が 2012 1 月に 「福島のエートス」に送った手紙にある文言(「20 mSv/年を基準にするという決断は良い知ら せです。これで、多くの人が早期に家に帰る事ができる」4)とつながってきます。
 
この IAEA「国際チェルノブイリ・プロジェクト」の諮問委員会委員長は公益財団法人放射 線影響研究所の所長(当時)の重松逸造氏です。このプロジェクトの中心人物の一人として日 本人が関わっていたこと、そして今、IAEA のトップが日本人であることは皮肉な巡り合わせ と言ってばかりはいられないと思います。日本人として被害者であり、加害者でもあることを 頭に置きながら、25 年後の現在チェルノブイリ被害が甚大であることと、福島で繰り返して はならない健康被害を食い止めることに対応していかなければならないと思います。

(以下→102の下に続く

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