2011年7月15日金曜日

12:永田町のノミのサーカス「南ドイツ新聞」論評

 本日7月14日の「南ドイツ新聞」が、東京から昨日の菅直人首相の「脱原発依存」発言の報道とともに、「母親たちが全国的な組織化を行っている」と市民運動がゆっくりと構築されてきていることも伝えています。同時に「ノミのサーカスからの撤退」という見出しで短い論評を掲載しています。特派員たちがどのように現在の日本の政局を見ているか、つまり呆れているかを伝える一例として、長いものではないので論評だけを以下訳出しておきます。欧州からの見方は、これまでもそうであったのですが、日本の政治がこれほどまで地に落ちたことは、わたしの記憶にもありません。

             「ノミのサーカスからの撤退」
日本人の多数は原子力エネルギーからの段階的撤退を望んでいる。彼らの総理大臣の菅直人も、彼がようやく明確に述べたようにそれを望んでいる。とはいえ同時に、日本人の多数は菅の辞任を望んでいる。
もし菅が実際に辞任しなければならないならば、思想のない直立不動で無表情な民主党の少尉のひとりが後任となり、彼もとても1年以上はもたないだろう。まず間違いなく言えることだが、彼は菅が努力する、法的根拠のない脱原発を引っ込めてしまうであろう。

いつもながら傲慢さの島である東京の永田町の住民たちは、有権者と日本の現実との絆をすべて失ってしまっている。菅は永田町では常によそ者であった。彼は出生からではなく、市民運動から政界に入ってきた。福島のカタストロフィーが新たな現実をもたらしていることをここ数週間の間に認識したのは、彼がたったひとりであった。であるからこそ、政治のエスタブリシュメントたちは彼を追放したいと望んでいる。もちろん、この現実が三重のカタストロフィーであってすら、日本政治のノミのサーカスのじゃまをすることがあってはならないのだ。

 日本では少しでも存在感を主張したい者はほとんどがこのノミのサーカスに加わる。メディアも、政治に口出しする幾人かのいわゆる知識人たちもそうだ。この連中は今、大連立に関するほらを吹いて、それをまるで革命であるとしている。そうこうする内に市民運動が初期的に形成されつつあり、彼らはノミのサーカスが観客を失っていることに気づいていない。全くのパラドックスであるとしても、菅直人よりも運動に近い政治家はいないのだ。しかし市民たちはそのことに気づいておらず、菅も市民との間をとり持つことができなかったのである。nh
                          
             南ドイツ新聞 2011年7月14日
Ausstieg aus dem  Flohzirkus. Süddeutsche  Zeitung  14.Juli 2011. Seite  4.

1 件のコメント:

  1. むっちり太ったエコノミックアニマルの子飼い議員と政党が集っている日本ですか。ちょっと前は、アメリカの愛人とか言われていたのに、今やノミ・・・。彼らはポチと呼ばれ、金に集って猿山のボス争い、日本の政治社中は動物擬きだった。

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