2011年7月14日木曜日

11:朝日新聞の「原発ゼロ転向」:署名の意義がない論説

 本日7月13日の朝日新聞が、日本の全国紙としては初めて、大型社説を掲載し「いまこそ政策の大転換を」との見出しで「原発ゼロ社会」を提言しています。
この事自体は大いに歓迎すべきことです。多くの読者が「遅すぎる、しかし正しい」と受けとめていることでしょう。他に選択肢は考えられない当たり前のことなのですから。
特にフクシマ周辺の市民にとっては「遅すぎる」と受けとめられ、中には「何を今さら」と感じて怒る人々も大いに違いありません。当然のことです。原発事故の取りかえしのつかない深刻な被害が現実のことであるからです。

「社会の木鐸」を自覚すべき日本のジャーナリズムが、次第に批判精神を失い、弱体化して久しくなります。この「提言」にしても、早くから脱原発を主張し、大手メディアから敵対視され、あるいは無視されながら市民運動を続けてきた多くの人々や、現に被災している人々にとっては、「火事が起こって大騒ぎになっている最中に、すっかり遅れて半鐘を打ち鳴らす」ような、滑稽な行いとしてしか受けとめられないでしょう。江戸っ子の火消なら「おととい来やがれ!べらぼうめ!」と一喝する場面です。一心太助ならぬわたしも、本音はこのとおりです。(朝日新聞の論説委員の数人は、わたしをよく知っている人もいらっしゃるので、生の声として聴こえるでしょう)。

しかしながら、今日の大型社説のエネルギー政策の転換への提言内容は、大枠では支持できるものです。「やっと、朝日もここまで来たか」といささか安堵しているのも本音です。
ドイツの政策を遅ればせながら追いかける内容であることは、いささかみっともないにしても歓迎できます。本気でやれば、決して不可能でないばかりか、ドイツの良い意味での競争相手になることも可能であるからです。願わくば、サッカーの女子チームのように世界選手権保持者のドイツを追い抜いてほしいものです。この「脱原発国際競技」では原発ロビーが育成した選手はメンバーにはいないでしょうから。

とはいえ、この朝日新聞の「大転換提言」を、わたしは朝日新聞の「転換」とは受けとめていません。
これだけでは、日本のメディアが第二次世界大戦の前と後に行った「転向」の再三の繰り返しになる危うさが、全く払拭できないからです。 新聞社自身の検証が決定的に甘いからです。

第一面の大軒由敬論説主幹の論説にも「原発が国策となり、地域独占の電力会社と一体になって動き始めると、反対論を敵視してブレーキが利かなくなった」と他人事のような一文があるだけで、新聞社としてのジャーナリストとしての主体的な責任意識はかけらも見つけることができません。「なぜ、自社もブレーキが効かなくなったのか? 筆者はこのように考える」との自己検証が欠けています。これでは署名を入れた論説の意義もないといえるでしょう。なぜでしょうか? それはまだ新聞社としての「転向」表明でしかないからです。

社説の終わりの「推進から抑制へ 原子力社説の変遷」では、「社説も新しい知識や情報を取り入れ、原発の大事故が起こりうることや、それがもたらす放射能被害の恐ろしさに、もっと早く気づくべきではなかったか。振り返っての反省だ」、また「この半世紀、巨大技術の危うさがわかり、人々の科学技術観も変わった。それを感度良く、洞察力をもってつかめなかったか。反省すべき点は多い」とあります。つまりそこの小見出しにあるように「危うさへの感度足りず」と自らの鈍感さにようやく気づいたと告白しているに終わっています。

いまからちょうど11年前に、今回のドイツの脱原発政策の基本となった、当時のシュレダー政権の原発業界との脱原発合意協定成立の報告に、わたしは「日本のジャーナリズムのおめでたいまでの鈍感な体質」について、朝日新聞を槍玉に挙げて以下のように書いています:

この合意は「原子力の平和利用」という神話を、先進工業国で初めて打ち壊してしまった決定であることも間違いない。鈍感な日本のマスコミもさすがに驚いたようだ。典型が、現状を追認して、プルサーマルを推進せよと主張している朝日新聞だ。(2000年)6月16日の「ドイツに学ぶべきは」と題する社説で「大きな違いは『政治』の指導力ではないだろうか」と「新鮮なメッセージ」に驚いている。その通りである。ドイツでは「経済に対する政治の優先性」は活きている。だが、それとともにドイツから「ジャーナリズムの独立性と批判力」も学んで、少しは自省もしてほしいものだ。
               (梶村「脱原発に踏み出したドイツ」『世界』2000年9月号 )

つまり、朝日新聞も自らの「鈍感さ」にはようやく気づいて反省すべきと考えるようになったようです。今回の社説の変遷の検証では「推進から抑制へ」と社説史を掲載していますが、これは言い逃れに過ぎません。ごまかしです。

1970年半ばに、日本で高揚してきた原子力発電への質の高い批判に対して、原発ロビーに迎合し、言論の独立性を失い、大熊由紀子記者、木村繁科学部部長を先頭に社をあげての原発推進の大キャンペーンを貼ったのは、どこの新聞社だったのでしょうか? 今回のフクシマの災害をもたらした朝日新聞社の言論の府としての歴史的責任の自覚、すなわち加害の自覚は、残念ながら虫眼鏡で探しても糸口さえ見つかりませんでした。

このままでは朝日新聞の注意深い読者に、「事故で情勢と世論が変わったから方針も変える」という典型的な日和見主義、大衆迎合主義(これをポピュリズムという)、日本的には「転向」であると見抜かれてしまうでしょう。日本の市民の感度に鈍いと反省するなら、そのことにも気づくべきです。

批判力が貧すれば鈍するものです。 せっかくの「転換」も「転向」に終われば残念なことです。
朝日新聞社が陥っており、やっと自覚した鈍感体質から再生するためには、上記キャペーンを始めとする原発推進論などについての、会社としての徹底的な自己検証が不可避です。すなわち「言論の府としての耐久性検証/ストレステスト」が、いま最も必要とされています。
「なぜ批判力を失い鈍したのか?」これを複数の記者とともに、紙面で公開で読者の参加を得て、全力を挙げて徹底的に行うことです。大変なことですが、失敗から学び、「感度と洞察力」を身につける唯一の方法でしょう。これに期待します。

1 件のコメント:

  1. 梶村さんのブログのこと、「世界8月号」で知りました。ドイツから日本は何をやっているんだと叱咤されているようです。今福島から200k離れた千葉でも子育て中のママたちは子どもへの健康被害が心配で必死に動き始めています。チェルノブイリで起きたことが同じように、あるいはもっと悲惨な形で現れてくるのでしょうか。市民の動きを作らなければと思い「子どもを放射能からまもる会in千葉]
    http://protectchildren311.blog.fc2.com/
    を立ち上げています。事後承諾で申し訳ありませんが、梶村さんのブログをリンクさせていただきました。ドイツの脱原発の風を日本に送ってください。
    長谷川弘美

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