メルケル首相は、猛烈な勢いで夏休みまでに脱原発法をドイツ全社会のコンセンサスとして成立させるべく突っ走っています。かなりな猪突猛進ぶりですから、メディアも汗をかきながら追いかけているのが実情といったところでしょう。今日のところ勢いは全く衰えはていません。
わたしに絵心があれば、四大電力会社のボスたちが、昨年9月に首相官邸で秘かにメルケル首相と取引して実現した昨年秋の平均12年の原発稼働延長法のおかげで、減価償却の終わった原発が金のなる木になって(概算で6兆円から10兆円の見込み利益増・注)大喜びしていたところ、フクシマで首相が豹変し、利益がタヌキの皮算用になったのはおろか、取引の分け前として約束した核燃料税も廃止しないと、詐欺まがいの要求で突っかかってきて、あわてふためいているひとこま漫画でも描くでしょう。
今週明けの電力株の下落と再生可能エネルギー関連株の上昇をメルケルイノシシはもたらしています。なにしろ脱原発を支持する「南ドイツ新聞」ですら、経済面で「これほど電力事業主を徹底的に排除するのはいかがなものか」との旨の論評をするほどなのです。いずれにせよドイツ戦後史では希な出来事です。
メルケル氏が猛進する最大の理由は、何としてもここで彼女の主導で脱原発を実現しない限り、2013年秋の総選挙で敗北することがほぼ確実であるからです。メルケル政権の戦略的失敗は、国民の反原発感情を見誤ったことにあります(注)。
チェルノブイリの事故以来、ドイツ世論はほぼ一貫して60%が脱原発を支持しています。2002年のシュレーダー政権の脱原発法の実現以来おとなしくなっていた反原発運動の「寝た子を起こす」愚を昨年秋の財政的な視点からの功利主義的な原発稼働延長策により犯してしまったのです。
フクシマ事故で脱原発の支持率は80%を越えています。結果は緑の党の支持率の倍増です。3月末にはついに史上初めて緑の党の州首相が誕生し、先の5月22日のブレーメン市特別州の選挙では、彼女のキリスト教民主同盟は、ついに緑の党に第二党の地位を奪われ第三党に転落したのです。これも西ドイツの州では史上初めてです(最終得票率は社会民主党38、6%。緑の党22、5%。キリスト教民主同盟20、3%)。しかもメルケル政権の連立政党である自由民主党はわずかに2、4%に凋落し、ついに州議会で議席を得ることができませんでした。
この様子を伝えるひとこま漫画を借用しておきましょう。「ブレーメンの音楽隊」がタイトルです。(「南ドイツ新聞」2011年5月23日Dieter Hanitzsch)
赤のニワトリが社会民主党、緑のネコが緑の党、へたばっているのが黄色のイヌの自由民主党と黒のロバのキリスト教民主同盟です。
跳び上がって喜んでいるのはガブリエル社会民主党党首。メルケル首相は子供のレスラー自民党党首とともに呆然としています。
すなわちメルケル首相が君子豹変して、猪突猛進しても緑の党の躍進は止められていません。最近の世論調査でもメルケル政権の脱原発政策を「信用できない」とする意見が三分の二に達していることも挙げておきます。政治家が一旦失った信用を取り戻すのは容易ではないことがわかります。
ちなみにこのブレーメンの州選挙で未成年である16歳と17歳の若者たちにも初めて選挙権が与えられ投票しましたが彼らの第一党は緑の党であり34%の得票率であったととのことです。緑の党が若者の党であることは一貫しています。
このように窮地にあるメルケル政権ですから、脱原発法をできるだけ早期に実現しなければ、事態は悪化する一方です。9月にはベルリン特別州で選挙があります。リベラルなベルリンでは緑の党が第一党に躍進する可能性もあり、首都までが緑の党に奪われれば、メルケル氏は次の連邦総選挙での政権維持は絶望的になります。彼女が何としても実現したいのは、ともかく一日も早く緑の党から、彼らの出生の証である脱原発の旗を奪い獲ることなのです。それに成功すれば、緑の党の躍進を抑えて、しかも連立相手の自由民主党は極端に弱体化しているため、あわよくば次期総選挙で緑の党と連立を目論もうとするのが、イノシシ宰相の新戦略のようです。さてこれが成功するか否か?
(この項つづきます)
(注)梶村「政権を揺さぶるドイツ反原発運動」『世界』2011年1月号
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