2013年8月13日火曜日

176:『世界』寄稿「核のゴミと民主主義」の訂正と、ドイツの「エネルギー転換」世論調査

 読者のみなさまに訂正とお詫びです。

今月8日に発売された→月刊誌『世界』9月号が、本日ベルリンに着きました。
そこで、わたしの寄稿した→「核のゴミと民主主義/最終処分立地選定法の苦闘」を読んでみると、ひとつポカがありましたので、同誌の読者のみなさまに、訂正しお詫びします。

 同稿の終わりに、ドイツの再生可能エネルギー発電の現状とその問題を解説していますが、そこにあるシュミレーションの図を掲載して、「図2は後述するシンクタンクの一〇年後の電力需給のシュミレーションであるが、ここに見られる八月の半ばの週の月曜と木曜の正午の状態がすでに起こっているのである。」(214ページ下段)とあります。
注意深い読者は、図との対照ですぐに気づかれたと思いますが、「月曜」は「火曜」の間違いです。これは筆者の不注意によるものです。小さな間違いとは言え、意味が通じなくなることもあり得るので重大です。ここでお詫びして訂正致します。

ともかく、ドイツでは、特にフクシマ事故後の再度の脱原発政策と、エコ発電の急速な普及で、電力の需給構造が大きく転換中で、特に大手の電力企業が経営難に陥っています。
今週、おそらく明日か、明後日あたりに大手電力企業(RWE. Eon)の中期見通しが公表される予定ですが、原発と化石燃料発電に依存しているこれらの企業は、大きな経営危機に陥っており、かなりのニュースになることは間違いありません。日本の各電力会社も震え上がることでしょう。

そこで、お詫びのしるしではありませんが、昨日8月12日に発表され、広く報道されたドイツの「エネルギー転換」に関する世論調査の内容の一部を紹介しましょう。
2011年のドイツ政府の再度の脱原発政策が発足して2年目にあたり、ドイツ消費者同盟が世論調査機関・Forsaに委託し、この6月に1227人を対象に行われたものです。
調査の結果は→こちらが全文です。

ここで使われている。いわゆる「エネルギー転換・Energiewende」という概念は広いもので、単なる脱原発と再生エネルギー発電への転換だけでなく、エネルギーの高率利用、エネルギー節約、発電施設の分散化 、二酸化炭素削減などを通して、持続可能社会を実現しようとするものです。
以下、調査から代表的なものをいくつかを取り上げてみましょう。
 --------------------------------------------------------

*市民の80%以上がエネルギー転換を正しいとする。
エネルギー転換の目的は正しいと思いますか?
完全に正しい・43% 、どちらかと言えば正しい・39%、
全く正しくない・3%、どちらかと言えば正しくない・13%
*エネルギー転換の速度をどちらかと言えばゆっくりしていると見ている。

現時点でのドイツのエネルギー転換の進行情況は?
速すぎる・18%、ちょうど良い・26%、ゆっくりすぎる・45%
*三分の二以上の市民はエネリギー転換は利益があるとする。
エネルギー転換はあなたにとって?
明らかに利益をもたらす・25%、どちらかと言えば利益をもたらす・44%、
どちらかと言えば不利益・16%、全く不利益・6%。

調査はそれぞれに、詳しい統計を示していますが、現在のところエネルギー転換は圧倒的な市民の支持を得ていると言えましょう。
ただ最大の問題は、一般家庭の電気料金の値上がりであり、これが9月22日の総選挙後のドイツ新政権の大きな政策課題となるでしょう。詳しくは上記『世界』の寄稿を参照してください。

2013年8月8日木曜日

175:核廃絶へのゲンシャー氏の老獪な演説と、古典「描写的ソナタ」の名演奏/ベルリンでの第五回「平和のためのコンサート」

 日本でも報道されたように8月6日、ヒロシマ原爆忌にベルリンの日本大使公邸で、もはや恒例となった第五回「平和のためのコンサート」と講演会が開催され、主に各国の外交団やドイツ人関係者170人ほどが、ヒロシマ・ナガサキの犠牲者を悼み世界平和を祈念しました。
ヴァイオリン、オルガン、リュート三重奏
  昨年のこの日には、田邊雅章氏の→心にしみる講演があったことは報告したとおりです。
今年は長年ドイツの外相として冷戦の終結に取り組み、86歳の高齢の現在も核軍縮に努力されているハンス=ディートリッヒ・ゲンシャー氏が講演され、またベルリンのコンツッェルトハウスの主席ヴァイオリン奏者の日下紗矢子氏の見事な演奏があり、増々充実したものとなりました。
だだ、ドイツも例年にない暑さ続きで 、この日の夕刻に、雷雨が予報されており、わたしもせっかくの演奏が、雷でおじゃんになりはしないかと心配しながら出かけました。

核廃絶講演をするゲンシャー氏
さて、喜んで講演を引き受けられたゲンシャー氏は、中根猛大使による丁寧な紹介の後、演壇に立たれ、冒頭で昨年の田邊氏の言葉を引用しながら、1945年の8月の日本への原爆投下をどのように体験したかを、非常に個人的な18歳当時の回顧を交えて話されました。
日本への原爆投下は、日本人だけでなく人類の原体験であり、人類が生き延びるためには、グローバルな核兵器全廃しかないと強調。1990年の統一条約で核保有を放棄したドイツと、被爆国日本は、核のない世界へ向けた代弁者としての正当性と責任がある。冷戦終結時に核軍縮促進の大きなチャンスがあったのに、現在では核拡散は亢進し、危険は拡大、より複雑なものになっており、オバマ、プーチン大統領にチャンスを逃さず大幅核軍縮の交渉を進めるよう呼びかけました。かなり長い講演ですので、近日中に大使館から翻訳が公表されるでしょう。

 ただ一点、わたしがとても驚いたことは、講演の締めくくりにこの熟練の老外交官が、哲学者ハンス・ヨナスの著作『責任という原理』を指摘したことです。この教えは「責任とは我々の行為と不作為の将来への影響を考慮しなければならない」ということであり、「これが我々の時代の定言命法である」と述べ、「我々の核兵器へのかかわりもまた、これにより歴史に裁定されるであろう」と締めくくったことです。

なぜ驚いたかと言えば、このドイツ生まれでナチスから亡命して闘った哲学者の1979年のこの著作の言葉は、カントの定言命法の伝統から、 「汝の行為のもたらす因果的結果が、地球上で真に人間の名に値する生命が永続することと折り合うように、行為せよ」 という新たな命法を説いたものであるからです。これはハンス・ヨナス生誕百周年に発行されたドイツ郵便の切手ですが、ここに引用されているのがこの言葉です。そしてこの言葉は、「エコロジー命法」と呼ばれているのです。
まさか、長年ドイツの原子力発電政策の強力な推進政党であり続けた自由民主党の党首でもあったこの人物から、この言葉が出ようとは予想していませんでした。 やはり彼は今でも老獪な政治家だなと思わされ、半ば苦笑しながらその知性に驚いたのです。
 だがこれも、ドイツ啓蒙思想の伝統の顕われのひとつであると言えましょう。

(以上がこの報告の前半をです。後半は明日書きます。楽しみにしてください。)

さて一夜明けて、続きを書きましょう。
少し余談になりますが、そもそもこの日本大使館で最初の「平和のためのコンサート」が始められたのは、2009年のヒロシマ忌からです。先代の神余隆博大使(→現関西学院副学長)は、国連大使の経歴もあり、視野も広く単刀直入な人物です。
第一回のこの時には、エゴン・バール氏がすばらしい核軍縮に関する講演をしています。ところが、これにはわたしのようなフリージャーナリストはいかに実績があろうとも、「外務省記者クラブ加盟社の記者ではない」との外務省の規定で招待されませんでした。
立腹していたわたしは、ちょうど民主党への政権交替があったこともあり、次期が来たと見て、あるコラムでカントを引用しつつ岡田外相と神余大使に筆誅を加え、神余氏にかなり気の毒な思いをさせたことがあります。(この経過については『図書新聞』の→こちらと→こちらで判ります)。しかしこれもあり、日本外務省もドイツに一歩だけ近づき、そのおかげで今回のこの報告も出来るのです。

 それはともかく、当時2009年の夏、神余大使はボンのドイツ歴史博物館で→「核のない世界のための日本とドイツの協力」と題して講演をしています。軍縮に熱心なドイツ担当の外交官としての考えがよくまとめられた内容です。
ただ、ここでもひとつ「原子力の平和利用は続ける」とあります。その後ドイツでフクシマ事故を体験された神余氏が、ではいま「世界市民/カント」を養成する教育者として学生たちに、このゲンシャー氏の発言をどのように伝えられるかは興味のあるところです。機会あれば、議論したいところです。

 さて、本題に戻ります。
Sayako Kusaka 6. August 2013.Berlin
講演に続いて行われた日下紗矢子(くさか・さやこ)さんのヴァイオリン演奏は、すばらしいものでした。多くの参加者が、今年の演奏が一番だったと感想を述べていましたが、わたしもそう思いました。
曲目は一流のヴァイオリン奏者にふさわしく、古典中の古典のビーバーとバッハのソロも含めて四曲でした。
彼女はこれを1822年のプレッセンダで演奏したのです。幸い夕立も遠慮したかのようで、静かに堪能できたのですが、わたしの小さなカメラでは動きの速いその姿を上手く撮影できなかったことが残念です。
 
わたしが特に感動したのは、フィナーレの曲としてハインリッヒ・イグナツ・フランツ・ビーバーの「描写的なソナタ・イ長調」を初めて生で聴いたことです。(ネットでは→この曲でおよそがわかります)
 この動物たちの鳴き声が出てくる楽しい17世紀の曲は、もちろん聴衆の心を和ませたものです。そこでふと気づいたのですが、これはこの芸術家からの、ゲンシャー氏が引用した哲学者の「エコロジー命法」への回答となっているのではないのかということです。古典音楽の動物たちの鳴き声や振る舞いが、現代の定言命法にみごとに共鳴したのです。これは偶然ではないでしょう。
 
 そして、福島県富岡町で動物たちの命を守るために一人で闘っている→村松直登さんが、孤独な生活のなかで聴いて心を和ましているのは、このような曲ではなかろうかとも思わずにはいられなかったのです。ブログでも富岡町のブレーメンの音楽隊が写真にあります。( 彼に関するドイツ紙の報道の報告は→前回にあります。)
放射能汚染に命がけで立ち向かい、エコロジー命法を実践されている松村さんに深い敬意を表したいと思います。

このように、今年のベルリンでの平和のためのコンサートは増々質の高いものになりました。若い一流の日本人芸術家あっての日独友好の行事の成功にいたく感動しました。
祖国日本の政治家の劣化が、目も当てられない惨状になっている昨今には、余計においておやです。
 ゲンシャー氏と日下さん、そしてこの良き日独の連帯の伝統を強固にされた中根猛大使にお礼を申し上げます。
中根大使とゲンシャー元外相。ベルリン日本大使館で
レセプションのあと、大使館前に停めてあった自転車で公園の中の真っ暗な道を急いで帰宅しました。そこにはライトに照らされた道をすばやく横切るキツネと、ゆっくりさまようハリネズミの姿がありました。帰り着くとバルコニーから我が家のネコが迎えに降りてきました。そこに猛烈な雷雨がやってきて、ベルリンの猛暑も終わったようです。






2013年8月5日月曜日

174:福島富岡町警戒区域の松村直登氏の闘いを「南ドイツ新聞」が生き生きと詳しく紹介

 ヒロシマ68周年を明日に控えた本日、「南ドイツ新聞」が第三面を全面使い「福島のヒバクシャ」のルポタージュを掲載しています。この「ヒバクシャ」とは福島県富岡町の警戒区域内で牛や多くの動物たちを放置できないと踏みとどまって孤独な闘いを続けている松村直登さんのことです。
(8日の追加です。次の→175回の報告にも松村氏に触れましたのでお読み下さい)
Süddeutsche Zeitung 5.August 2013 Seite 3
 シュテファン・クライン記者のこの記事のタイトルは翻訳が難しいのですが「最後の彼のやり方」とでもなるでしょうか。サブタイトルは「松村直登はフクシマの死の領域で唯一の人間として生きている。この人物は狂ってはいないどころか、そうする非常に理解できる理由を抱いている。」というものです。

同紙の第三面のルポタージュは、(本多勝一氏がそれを嘆き続けているように)日本の全国紙からは遥か昔に消えてしまった新聞記者の腕の見せ所の紙面です。ですからわたしも毎日必ず目を通します。
クライン記者は、彼の住居と牧場を訪ね、通訳を通しながらでも、松村さんの振る舞い、生活と考えを、生き生きと鋭く観察し、大変優れたルポとなっています。 ここの記事は同紙のサイトでは読めませんので、ドイツ在住のどなたかに、翻訳していただきたいものです。ある程度文学作品の翻訳能力のある方に勧めます。普通の新聞記事とは質が別ですので。
ネコと戯れる光景から始まり、住居内の描写、事故以来の体験、そしてアントワーヌ・ド・サン=テグジュベリの「星の王子さま」のキツネの言葉を取り上げ、松村氏の考えを紹介しています。フクシマ事故で「動物を放置することに耐えられず、最も被曝していることを自覚している」ひとりの人間を描写するのは容易なことではありません。

松村さんのホームページ→「警戒区域に生きる-松村直登の闘い」を拝見すると、取材は7月20日であったとのことです。
さっそく松村さんのページから取材の写真をお借りします。
村松直登氏のHPより借用
それによると、「取材は5時間続き疲れた」とありますが、村松さん、大変良い記事になっていますので安心してください。ドイツ社会に村松さんの怒りも含めた生き様が、生き生きと伝わることは間違いありません。

わたしからもクライン記者に感謝致します。
Herr Stefan Klein von SZ !
Herzlichen Dank  für Ihren ausgezeichneten Artikel übers Leben von Herrn Naoto
Muramatsu aus Fukushima.

以上とりあえずの報告とします。

 便乗するわけではありませんが、わたしからのお知らせです。
今週発売される「世界」9月号に、先月初め、国会で成立したドイツの高レベル放射線廃棄物の最終処分場立地選定法を紹介し、簡単ですが同時に躍進するドイツの再生可能エネルギー発電の現状も紹介しておきました。
タイトルは「核のゴミと民主主義・ドイツ『最終処分場立地選定法』の苦闘」です。
読者のみなさまに読んでいただければ幸いです。





2013年8月2日金曜日

173:「ナチスから改憲の手口を学ぶ」麻生太郎は「あほう太郎」である。日本の国益のため即刻謝罪し大臣を辞任すべし。

「語るに落ちる」とはこのことですね。麻生太郎氏の先日の発言のことです。
朝日新聞が伝える→発言の詳細によれば問題となった部分は以下のとおりです:

憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

この部分を→WSJは次のように伝えています:

“Germany’s Weimar Constitution was changed before anyone noticed,” he said. “Why don’t we learn from that technique?”

BBCは→次のように翻訳しています:

"The German Weimar constitution changed, without being noticed, to the Nazi German constitution. Why don't we learn from their tactics?"

シュピーゲル誌は→電子版で次のとおり:

"Die deutsche Weimarer Verfassung wurde, ohne dass dies auffiel, durch die Verfassung Nazi-Deutschlands ersetzt. Warum lernen wir nicht von ihrer Taktik?"


 なにしろ「 Nazis Aso」で検索すると数千がヒットし、この数日間で発言のこの部分は世界の隅々まで知れ渡っています。
当然ながら、安倍内閣が日本の平和憲法を、ワイマール憲法にとどめを刺したナチスドイツの「手口/technique, tactics,Taktik」で変えようとしていることの現れだとの文脈での報道が大半です。

びっくり仰天して「どんなナチのテクニックから学ぶのか?」と問いかけたシモン・ヴィーゼンタールセンターの→ステートメントもあります。

  麻生氏の知識がマンガからくる認識の程度であるのは、ここで「ナチス憲法」という言葉を使っていることで明らかです。「ナチス憲法」というのはありません。ナチスはヒトラーへの全権委任法でワイマール憲法を骨抜きにしてただけで改憲はしていません。

 法理論的には、これにより法の源泉が国民から「フューラー/指導者ヒトラー 」に移ったのです。すなわち、「ヒトラー=憲法」となったのです。これを独裁制度といいます。
したがって、麻生氏の無知による誤謬を訂正すると、彼の主張は:

憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ヒトラー独裁に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

となります。 したがって麻生氏が述べたいことは「ヒトラーの手口に学べ」ということになります。

後述のように、ドイツは戦後の東西ドイツの憲法が成立する1949年まで、形式的にはワイマール憲法があったのです。正確には1933年から16年間、ワイマール民主主義は凍死していたのです。その間に人類史最悪の世界戦争がありました。

 さて、世界世論に、驚いた麻生氏は本日、次のように述べて→発言を撤回しています。

「 私がナチス及びワイマール 憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政 権を例示としてあげたことは撤回したい。」

  しかしながら「真意が誤解されたのは遺憾」と発言を撤回したところで、覆水盆に返らずで手遅れです。たとえ氏の真意がどこにあろうとも、憲法改定に関してのこの発言は、民主主義国家の閣僚、ましてや副総理としては決してあってはならないものです。撤回で済ませることは到底できない責任があります。
ドイツであれば、政治責任はもちろん、刑事責任を問われますし、民主主義国家ではどこでも最低限の政治責任は問われるからです。

 6年前にわたしは第一次安倍政権は歴史認識で→「不良中学生が校長室を占領したようなものだ」と書きましたが、このような「遺憾な発言」をする副総理は「あほう太郎」としか言えないでしょう。ナチスの被害者はもちろんのこと、日本国民と国家にとっても前例のない屈辱行為です。直ちに謝罪の上、辞任すべきです。もちろん安倍総理の任命責任もあります。
 それをしない限り、日本の政治家全てが、アジアの近隣諸国だけでなく、増々世界中の国からまともに相手にされなくなります。すなわち安倍政権は第一次の際と同じく、歴史認識で孤立し崩壊することは必然となるのです。菅官房長官がいくら配慮をしたところで世界の見る目はいよいよ厳しいからです。

 今年は→ナチスが権力掌握して80年になります。これについてドイツはどう考えているかをこのブログでも先に紹介したとおりです。特にそこの「失われた多様性」の行事については是非ともお読み下さい。


麻生氏は発言で「ヒトラーは、選挙で選ばれたん だから。 ドイツ 国民はヒトラーを選んだんですよ。」と述べています。そこで現在のドイツがこの事実にどのように向かい合っているかを、ドイツの国会議事堂で見てみましょう。

Hitler Box dpa
この写真は、あまり知られていませんが、現在の国会議事堂の地下に、ワイマール憲法が成立した1919年から1999年までに「自由で民主的に選出された国会議員」4781名全ての氏名が記された「議員の古文書」と名付けられた芸術作品です。
氏名と政党名が記された錆びたブリキ箱を積み重ねた変わった作品です。1933年から1949年までのナチス時代と新憲法ができるまでは、ひとつだけ氏名もなく黒塗りの箱が議会主義の暗黒時代を象徴しています。
しかし1933年のワイマール憲法下の選挙で選ばれたナチ党員286名の箱は積まれており、「アドルフ・ヒトラー NSDPA」の文字が読めます(写真の中段の箱)。
一昨年末に、ある見学者が怒ってヒトラーの箱を壊したことがありましたが、現在は修復されています。
ドイツの国会議員たちの多くは、議事堂に隣接する議員会館から地下道にあるこの作品の脇を通って議場に向かうのです。 無惨に破壊されたワイマール憲法を忘れるなと。

さて、これはよく知られている国会議事堂前の広場の一角にある記念碑です。
1933年ヒトラーが首相になり授権法で民主憲法にとどめを刺して、まず行ったことは、議会内のナチスの政敵国会議員の徹底的粛正でした。直ちに、共産党、社会民主党の議員らへの弾圧が始められ、多くが強制収容所などに送られ、98名の国会議員が殺害されました。
この1992年に創られた記念碑は、その議員たちと政党名が刻まれた98枚のブロンズの板を並べたものです。このようにして「合法的殺人」が始まったのです。
 近年は国会議事堂の見学者があまりにも多いので、臨時に観光客をさばくための臨時の建物がこの記念碑の脇に建てられています。


 写真をもうすこし紹介しましょう。これは、昨日、通りかかりに撮影した国会議事堂前の光景です。ナチス権力掌握80周年記念で行われている「失われた多様性」の広告塔が国会前広場にも三つだけ置かれて、観光客が熱心に見ていました。
 先日の報道では、ベルリンを訪れる観光客の数はローマを抜いたとのことです。これはわたしも実感しており、特に中国人観光客の多さには驚かされます。昨日もここで記念写真を撮る団体を見かけました(下の写真)。都心に住むわたしも最近は道を問われることがよくあります。

 このようなベルリンを訪れる世界中の人々が、「ナチスの改憲の手口を学んだらどうかね」との日本国の「あほう太郎」大臣の言葉をどのように受け止めるかは明らかでしょう。
 韓国の中央日報は7月31日の社説で「正常な精神状態ではない」と書いていますが、誰しもが「当たらずとも遠からず」と思うのです。

 繰り返します。麻生太郎氏は日本の国益のために直ちに謝罪し大臣を辞任すべきです。
事実問題として、世界各地に居住している日本人の面子も保てません。わたしは、切羽詰まって「マンガを読みすぎる人物が大臣になったせいだ」と、苦しい言い訳をすることにしようかと考えています。

 このような論外で語るに落ちる発言がもたらす損失には計り知れないものがあります。
世界世論のリアリティー を感知できない政府と政治家が国民にいかなる損害と犠牲を強いるものかを、日本の大手メディアもそろそろ自覚しないと、あなた方も巻き添えを食って自滅しますよ。そのリミットは目の前に迫っています。このことは、麻生発言の本質を批判した社説が今のところではだだひとつ、沖縄の→琉球新報のそれしかなかったことに顕著です。沖縄の人々は日本ではもっとも常識があるリアリストであるからです。




追伸:近いうちに続きを書きます。請うご期待。



2013年7月21日日曜日

172:山本太郎さんの参議院議員当選を喜ぶ

 先ほど、山本太郎さんの参議院選挙での当選が報じられました。
改憲、原発推進勢力が圧倒的に躍進する惨状の中で、まるで干天の慈雨のようなニュースです。大変嬉しく思います。
選挙事務所で。共同通信から借用しました

NHKも氏の第一声を伝えています:

http://www3.nhk.or.jp/senkyo-od/index.html?mid=1300_yamamoto


ここで彼は「浮かれているわけにはいかない。これからがイバラの道です。やってほしいことは何よりも食品の安全基準を変えること。このままでは国民全体が低線量被曝せよということですから」と、端的に述べています。ただ、NHKの動画は赤字のところが尻切れとんぼになっています。カットされたのでしょう面白いですね。

詳しいインタヴューはこちらで:

http://www.youtube.com/watch?v=zmu0LP-Iooo

またおなじみ田中龍作ジャーナルの現場からの第一報も是非ご覧ください。
市民ひとりひとりの手作りで獲得した貴重な議席であることが伝わる報告です:

http://tanakaryusaku.jp/2013/07/0007587

また、彼は何よりも2011年の11月にドイツのゴアレーベンの核廃棄物輸送反対闘争の現場も訪れて、市民の激しい闘いを体験しており、大変頼もしく思います。日本でもようやく世界市民の一人が国会に席を占めることになったようです。

とりあえず、祝、当選!

当時の2011年ゴアレーベン闘争の詳しい報告はここから11回連載しています。時間のある方はどうぞ:


http://tkajimura.blogspot.de/2011/11/blog-post_23.html



 

2013年7月13日土曜日

171:番外:あずきのベルリン暑中見舞いです

Berlin Tiergarten 13.Juli 2013

 読者のみなさま、明日うらしまの家のネコのあずきです。

 うらしまじいさんのネットがダウンしていましたが、ようやく仮の応急処置ができたようなので、またまたわたしが、代理に試してみますね。
といってもわたしは、じいさんと違って、原発とか歴史認識なんぞには全く興味が無いので、「あずきのベルリンの夏」を見ていただきます。猛暑の日本の読者のみなさまには暑中見舞いになればと思います。

 今年の初夏にはわたしの愛するうらしまの乙姫ばあさんが長く旅行でいなかったので、さみしくてしょうがないので、昼寝も爺さんの書斎の本の山の中でしました。
でも、それを聴いて慰めに来てくれたお姉さんもいたので嬉しかった。
5月には家の近くの公園のシャクナゲとツツジの美しさは半端ではないのです。
珍しいハンカチの木が花盛りです。これは大木です。
その散った花びら。

      人間の恋人たちもようやくの夏の訪れを堪能しています。
 
大きな池の端にいるのは誰でしょう?
アオサギです。魚も多い公園の池の住民です。じっと魚を待っています。
なにしろでっかい川カマスまでいますからね。           

初夏のブナの若葉が奇麗です。

6月になって急に暑い日が数日続きました。暑いのでバルコニーの花の上で涼んでいるとばあさんにうんとしかられました。

公園の池のボートでは小さな女の子が裸になって水に飛び込みました。
若い女性たちはさっそく日光浴です。若い娘のわたしも負けないで、自慢のしっぽを見てね。うらしま爺さんは、あずきは「シッポ美人」だとほめてくれます。どうです立派でしょう。
ところで、この30度を超えたある日に、アメリカからオバマさんという人がベルリンへやって来たそうです。家の上をヘリコプターが飛び回ってうるさかったのです。
公園の通りでは、海賊党の若者たちが、"Yes we scan"とオバマさんが演説していると訴えていましたが、わたしには何のことやらわかりませんでした。
これが、オバマさんのキャデラックです。後ろに見えますが全く同じ専用車を二台同時に前後させながら、人払いをした道路を高速で走るところをみると、よっぽど悪いことをしていることは、あずきでも判ります。
これから数日して、スノーデンさんという30歳の若者が、アメリカの諜報機関がとても悪いことをしたことをバラしたので、やっぱり悪いことはできませんね。わたしもスノーデンさんがベルリンに亡命すれば良いと思っています。あずきも大歓迎します。

この日、あずきは中庭で遊びすぎて、熱中症でダウン。濡れタオルで冷やしてもらったら、また元気になりました。
今年の夏は人間の若い女性は、おしなべてショートパンツが流行っているそうです。日本でもそうなのかな。あずきはそれができないのがつらいのです。
これは夏至の日の真夜中に南中直前の14日月。ベルリンのドームが白夜の夕日に映えています。翌日の満月はスーパームーンといって1年で一番大きな満月だったそうです。
 この間、わたしは早朝の散歩で、小鳥のひなを捕まえて来て、爺さんの書斎で追いかけ回して遊んでいたら、起きて来た爺さんに「かわいそうだ」と取り上げられてしまいました。何でかさっぱりわからずとっても不満です。小鳥は公園で放されてしまいました。
 ところで、鳥といえば公園には夏なので大きな野生のガチョウたちがやって来ています。
人間をちっとも怖がらず、わたしも大嫌いな小さなワン公などは脅かして追っ払う、とても頼もしい鳥です。

ガチョウたちはカモと大きな柳の陰をねぐらにしています。

また公園の別の池では、最近。カモのヒナが生まれました。このカモのお母さんは7匹のヒナを大切に育てています。天敵はキツネとオオタカです。
うらしま爺さんは毎日のようにヒナが無事かどうか散歩がてら見に行っているようです。わたしはヒナに危険なので連れて行ってもらえません。残念。

 ヒナたちはとても元気で、お母さんと同じようにお尻を立てて潜る練習をしています。爺さんのパソコンの壁紙にはこの写真を使っています。読者のみなさまもお気に入りならどうぞ。
現在は公園と、あずきの家の中庭にもあるリンデの木は花盛りです。これの香がすばらしい(実際にドイツではこれを乾燥したお茶を風邪薬に使います)のですが、臭いだけは写真では届けられないのでとても残念です。




この北欧の夏の空を見上げてすごず、あずきネコからの夏のたよりでした。


では 今夜も、乙姫ばあさんのネコの棚でネコの操り人形を枕でひと寝入りします。
 じゃあ、みなさまおやすみなさい!

   頓首 あずき

PS。写真をクリックすると、写真がパノラマで見られます。

2013年7月8日月曜日

読者のみまさまへお知らせ

ご無沙汰しています。
読者のみなさまにお知らせです。

しばらく投稿が途絶えていますが、実は電話会社のトラブルで電話回線の一部がダウンして、我が家の主要パソコンが使えない状態が続いているためです。 そのためきっちりと投稿ができないのです。
決してアメリカの諜報機関の嫌がらせではありませんので、ご心配には及びません。
まあ、日本では考えられないことがドイツでは起こりますね。ドイツ人でこの被害に遭っていないのは珍しいぐらいです。ひどいものです。というわけで回復次第投稿を始めますのでお待ち下さい。

なを、6月15日にお報せした、ドイツの「ハイレベル核廃棄物最終処理施設立地選定法」は、7月5日の今期の議会最終日に両院で成立しました。これでドイツはいよいよ、脱原発後の核廃棄物処理に本格的にとりかかる最初の行程が立法化されました。これに関してもしかるべくきっちりとしかるべきところで報告いたしますのでお待ち下さい。

明日うらしま