2013年8月8日木曜日

175:核廃絶へのゲンシャー氏の老獪な演説と、古典「描写的ソナタ」の名演奏/ベルリンでの第五回「平和のためのコンサート」

 日本でも報道されたように8月6日、ヒロシマ原爆忌にベルリンの日本大使公邸で、もはや恒例となった第五回「平和のためのコンサート」と講演会が開催され、主に各国の外交団やドイツ人関係者170人ほどが、ヒロシマ・ナガサキの犠牲者を悼み世界平和を祈念しました。
ヴァイオリン、オルガン、リュート三重奏
  昨年のこの日には、田邊雅章氏の→心にしみる講演があったことは報告したとおりです。
今年は長年ドイツの外相として冷戦の終結に取り組み、86歳の高齢の現在も核軍縮に努力されているハンス=ディートリッヒ・ゲンシャー氏が講演され、またベルリンのコンツッェルトハウスの主席ヴァイオリン奏者の日下紗矢子氏の見事な演奏があり、増々充実したものとなりました。
だだ、ドイツも例年にない暑さ続きで 、この日の夕刻に、雷雨が予報されており、わたしもせっかくの演奏が、雷でおじゃんになりはしないかと心配しながら出かけました。

核廃絶講演をするゲンシャー氏
さて、喜んで講演を引き受けられたゲンシャー氏は、中根猛大使による丁寧な紹介の後、演壇に立たれ、冒頭で昨年の田邊氏の言葉を引用しながら、1945年の8月の日本への原爆投下をどのように体験したかを、非常に個人的な18歳当時の回顧を交えて話されました。
日本への原爆投下は、日本人だけでなく人類の原体験であり、人類が生き延びるためには、グローバルな核兵器全廃しかないと強調。1990年の統一条約で核保有を放棄したドイツと、被爆国日本は、核のない世界へ向けた代弁者としての正当性と責任がある。冷戦終結時に核軍縮促進の大きなチャンスがあったのに、現在では核拡散は亢進し、危険は拡大、より複雑なものになっており、オバマ、プーチン大統領にチャンスを逃さず大幅核軍縮の交渉を進めるよう呼びかけました。かなり長い講演ですので、近日中に大使館から翻訳が公表されるでしょう。

 ただ一点、わたしがとても驚いたことは、講演の締めくくりにこの熟練の老外交官が、哲学者ハンス・ヨナスの著作『責任という原理』を指摘したことです。この教えは「責任とは我々の行為と不作為の将来への影響を考慮しなければならない」ということであり、「これが我々の時代の定言命法である」と述べ、「我々の核兵器へのかかわりもまた、これにより歴史に裁定されるであろう」と締めくくったことです。

なぜ驚いたかと言えば、このドイツ生まれでナチスから亡命して闘った哲学者の1979年のこの著作の言葉は、カントの定言命法の伝統から、 行為もたらす因果的結果が地球上で真に人間名に値する生命が永続することと折り合行為せよ という新たな命法を説いたものであるからです。これはハンス・ヨナス生誕百周年に発行されたドイツ郵便の切手ですが、ここに引用されているのがこの言葉です。そしてこの言葉は、「エコロジー命法」と呼ばれているのです。
まさか、長年ドイツの原子力発電政策の強力な推進政党であり続けた自由民主党の党首でもあったこの人物から、この言葉が出ようとは予想していませんでした。 やはり彼は今でも老獪な政治家だなと思わされ、半ば苦笑しながらその知性に驚いたのです。
 だがこれも、ドイツ啓蒙思想の伝統の顕われのひとつであると言えましょう。

(以上がこの報告の前半をです。後半は明日書きます。楽しみにしてください。)

さて一夜明けて、続きを書きましょう。
少し余談になりますが、そもそもこの日本大使館で最初の「平和のためのコンサート」が始められたのは、2009年のヒロシマ忌からです。先代の神余隆博大使(→現関西学院副学長)は、国連大使の経歴もあり、視野も広く単刀直入な人物です。
第一回のこの時には、エゴン・バール氏がすばらしい核軍縮に関する講演をしています。ところが、これにはわたしのようなフリージャーナリストはいかに実績があろうとも、「外務省記者クラブ加盟社の記者ではない」との外務省の規定で招待されませんでした。
立腹していたわたしは、ちょうど民主党への政権交替があったこともあり、次期が来たと見て、あるコラムでカントを引用しつつ岡田外相と神余大使に筆誅を加え、神余氏にかなり気の毒な思いをさせたことがあります。(この経過については『図書新聞』の→こちら→こちらで判ります)。しかしこれもあり、日本外務省もドイツに一歩だけ近づき、そのおかげで今回のこの報告も出来るのです。

 それはともかく、当時2009年の夏、神余大使はボンのドイツ歴史博物館で→「核のない世界のための日本とドイツの協力」と題して講演をしています。軍縮に熱心なドイツ担当の外交官としての考えがよくまとめられた内容です。
ただ、ここでもひとつ「原子力の平和利用は続ける」とあります。その後ドイツでフクシマ事故を体験された神余氏が、ではいま「世界市民/カント」を養成する教育者として学生たちに、このゲンシャー氏の発言をどのように伝えられるかは興味のあるところです。機会あれば、議論したいところです。

 さて、本題に戻ります。
Sayako Kusaka 6. August 2013.Berlin
講演に続いて行われた日下紗矢子(くさか・さやこ)さんのヴァイオリン演奏は、すばらしいものでした。多くの参加者が、今年の演奏が一番だったと感想を述べていましたが、わたしもそう思いました。
曲目は一流のヴァイオリン奏者にふさわしく、古典中の古典のビーバーとバッハのソロも含めて四曲でした。
彼女はこれを1822年のプレッセンダで演奏したのです。幸い夕立も遠慮したかのようで、静かに堪能できたのですが、わたしの小さなカメラでは動きの速いその姿を上手く撮影できなかったことが残念です。
 
わたしが特に感動したのは、フィナーレの曲としてハインリッヒ・イグナツ・フランツ・ビーバーの「描写的なソナタ・イ長調」を初めて生で聴いたことです。(ネットでは→この曲でおよそがわかります
 この動物たちの鳴き声が出てくる楽しい17世紀の曲は、もちろん聴衆の心を和ませたものです。そこでふと気づいたのですが、これはこの芸術家からの、ゲンシャー氏が引用した哲学者の「エコロジー命法」への回答となっているのではないのかということです。古典音楽の動物たちの鳴き声や振る舞いが、現代の定言命法にみごとに共鳴したのです。これは偶然ではないでしょう。
 
 そして、福島県富岡町で動物たちの命を守るために一人で闘っている→村松直登さんが、孤独な生活のなかで聴いて心を和ましているのは、このような曲ではなかろうかとも思わずにはいられなかったのです。ブログでも富岡町のブレーメンの音楽隊が写真にあります。( 彼に関するドイツ紙の報道の報告は→前回にあります。)
放射能汚染に命がけで立ち向かい、エコロジー命法を実践されている松村さんに深い敬意を表したいと思います。

このように、今年のベルリンでの平和のためのコンサートは増々質の高いものになりました。若い一流の日本人芸術家あっての日独友好の行事の成功にいたく感動しました。
祖国日本の政治家の劣化が、目も当てられない惨状になっている昨今には、余計においておやです。
 ゲンシャー氏と日下さん、そしてこの良き日独の連帯の伝統を強固にされた中根猛大使にお礼を申し上げます。
中根大使とゲンシャー元外相。ベルリン日本大使館で
レセプションのあと、大使館前に停めてあった自転車で公園の中の真っ暗な道を急いで帰宅しました。そこにはライトに照らされた道をすばやく横切るキツネと、ゆっくりさまようハリネズミの姿がありました。帰り着くとバルコニーから我が家のネコが迎えに降りてきました。そこに猛烈な雷雨がやってきて、ベルリンの猛暑も終わったようです。






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