2013年6月11日火曜日

168:吉見義明「橋下徹市長への公開質問状」と(別紙1)全文の紹介

 橋下徹大阪市長の最近の「慰安所は必要であった」との暴言は「強盗の居直り説教に等しい」と指摘し、それが世界の人権認識に対する安倍晋三首相ら日本の歴史修正主義者の言動として、国連機関の厳しい勧告に及んだことは、ここでも報告したとおりです。橋下市長の訪米が中止せざるを得なくなったように、戦争の加害事実を否定する言動は民主主義社会ではとうてい容認されません。特に政治家には決して許されない行為です。それを容認することは民主主義の自殺に等しいからです。特に第二次安倍政権でそのような歴史認識で後退が露わになっている日本社会を、世界は深く憂慮し危険視しています。
 
 以下、昨年来の橋下市長の言動で名誉を毀損された吉見義明教授の6月4日の公開質問状と、それに添付されている別紙を、ここでそのまま紹介させていただきます。これらとは別に資料8点が添えられていますが、膨大なのでここでは省きます。
安倍晋三氏以下の歴史修正主義者の言動がデマゴーグのそれであることが、これだけでも明らかであることが理解できるでしょう。歴史への無知は犯罪とも言えます。橋下徹市長の言動はその犯罪行為のひとつの現れです。期日までに、市長の発言の撤回と謝罪がない場合は、法廷で罰せられるべきです。

なを、日本の戦争責任資料センターが、6月9日付けの「日本軍『慰安婦』問題に関する声明」を 本日ホームページに掲載していますので、こちらも是非とも併せてご覧ください。この問題に関する歴史修正主義者の主張の誤りを総括的にまとめてある声明です。

以下全て引用です。

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2013年6月4日
橋下徹市長への公開質問状
中央大学 吉 見 義 明
 
 あなたは、2012年8月24日の記者会見(以下「本件会見」といいます。)において、日本軍「慰安婦」問題に言及し、「吉見さんという方ですか、あの方が強制連行という事実というところまでは認められないという発言があったりとか……」と述べ(以下「本件発言」といいます。)、私が強制連行という事実はなかったと発言していると断定されました。
 しかしこれは、1991年から20年以上この問題を解明してきた私の研究の根幹を否定し、私の社会的評価を著しく損ない、私の名誉を毀損するものであるため、10月23日に、この発言の撤回と謝罪を求める質問状を差し上げました。
 これに対して、あなたは、10月29日付の私宛の書簡(以下「本件書簡」といいます。)において、西岡力東京基督教大学教授の雑誌『WiLL』2012年10月号での発言に基づいて述べたものだという理由で、発言の撤回も謝罪もしておられません。
 これは、到底容認できない対応なので、あらためて本件発言の撤回と謝罪を要求するとともに、本年5月13日の貴殿の「慰安婦」問題に関する発言とそれに引き続く外国人特派員協会での貴殿及び日本維新の会の国会議員の発言は本件発言に関連して重要と考えますので、これらも含めて貴殿の本件発言に関連して下記のとおり質問致しますので、2013年7月5日までにご回答下さい。


第1 日本軍「慰安婦」制度の実態について
 1 在日韓国人の宋神道さんが提訴した裁判では、東京地裁は「原告は、その〔武昌の〕慰安所の営業許可直前、泣いて抗ったが、軍医による性病検査を受けさせられ、営業許可後は、意に沿わないまま従軍慰安婦として日本軍人の性行為の相手をさせられた。原告がいやになって逃げようとすると、そのたびに慰安所の帳場担当者らに捕まえられて連れ戻され、殴る蹴るなどの制裁を加えられたため、原告は否応なく軍人の相手を続けざるを得なかった。」「原告らは、連日のように朝から晩まで軍人の相手をさせられた。殊に、日曜日はやってくる軍人の数が多く、また、通過部隊があるときは、とりわけ多数の軍人が訪れ、原告が相手をした人数が数十人に達することもあった。」と事実認定をしています(以下「本件事実」といいます。1999年10月1日、東京地裁判決)。また、この事件に関する東京高裁判決(2000年11月30日)も判決文で本件事実認定を踏襲していますが[i]、あなたはこれらの事実認定あるいはその他の裁判で被害者が自由を奪われ性行為を強要された旨の認定があることを知っていますか。

 2 極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)の判決は、「桂林を占領している間、日本軍は強姦と掠奪のようなあらゆる種類の残虐行為を犯した。工場を設立するという口実で、かれらは女工を募集した。こうして募集された婦女子に、日本軍隊のために醜業を強制した」と認定していますが[ii]、あなたはこのことを知っていますか。
 
3 上記1及び2の事例にみられるように、日本軍の慰安所(以下「軍慰安所」といいます。)に入れられた女性たちは、そこから逃げ出すことも、性行為を拒否することもできず、1日に数人から数十人を相手にしなければならなかったという事実をあなたは知っていますか。

4 上記1の事実が認められる日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由、外出の自由、廃業の自由(自由廃業)、拒否する自由がない性奴隷制であり、女性たちは慰安所で軍人の性の相手を強制されたのではありませんか[iii]

5 日本軍は、当時、別紙1のとおり、軍慰安所を軍の施設として設置し、徴募・渡航の方法・条件の指示、軍慰安所規定の制定、監督・統制、衛生管理、軍紀風紀維持などに関して、法規の改正や指示や指導等により主導し、内務省・総督府など関係する行政機関も深く関与していたのではありませんか。

6 上記5のように日本軍と日本政府が軍慰安所の設置、管理、女性たちの徴募の全般に深く関わっていたことについて、国際社会からは、日本軍と日本政府が日本軍「慰安婦」制度を設置し運用していたとして、日本政府の責任が問われているのではありませんか。

7 軍は、当時、帝国外に移送する目的で人を略取・誘拐または人身売買した者には犯罪が成立するとされていたから(後記第6項参照)、業者が誘拐・人身売買により軍慰安所に女性を連れて来たことを認識した場合は直ちに業者を処罰し、女性を解放して故郷に送り帰すべきところ、そのような行動を取らなかったのではありませんか。

8 上記1乃至7のことから、日本政府と日本軍は、当時、軍が設置・管理等した軍慰安所には略取・誘拐・人身売買により連れてこられた女性が、拒否する自由もなく性行為を強制されていたことを認容していたといえるのではないですか。

9 上記1乃至8から、日本軍「慰安婦」制度は、当時においても、「慰安婦」とされた女性に対する反人道的な重大な人権侵害であり、被害者が望む内容の被害回復がされていない以上、日本国は、現在においても、被害者の人権を回復すべき責任を負っているのではありませんか。

第2 日本軍「慰安婦」制度に対する国際的評価について
1 国連の自由権規約委員会その他の国際機関は、軍慰安所で女性たちの自由を奪い、性行為を強要したことが人道に反する行為であり、女性に対する暴力の究極的な形態であって、日本軍「慰安婦」制度は性奴隷制度だと指摘していますが[iv]、あなたはこのことを知っていますか。

2 あなたは、国際機関による日本軍「慰安婦」制度に対する上記評価を認めますか。

3 拷問等禁止委員会は、本年5月、日本国に対し、「慰安婦」とされていた被害者の救済のために、性奴隷制の犯罪について法的責任をみとめること、公的人物などが「慰安婦」とされた被害者の被った事実を否定する言動を繰り返していることによって再び精神的外傷を受けていることについて反駁すること、関連資料を公開し事実を徹底的に調査すること、被害者の救済を受ける権利を確認しそれに基づいて十全で効果的な救済と賠償を行うこと、この問題について公衆を教育し、あらゆる歴史教科書にこれらの事件を記載すること等を求めていますが[v]、あなたは日本国がこれらの要求を受け入れるべきであると考えますか。
  仮に受け入れるべきでないと考えるのであれば、その理由もお答え下さい。

第3 当時の国際法に照らした評価について
   日本は、当時「醜業を行わしむる為の婦女売買取締に関する国際協定」(1904年)・「醜業を行わしむる為の婦女売買禁止に関する国際条約」(1910年)・「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」(1921年)に加入しており、①満21歳未満の女性を売春目的で勧誘・誘因・拐去した者は女性の承諾があった場合でも処罰すること、②満21歳以上の女性を売春目的で詐欺、暴行、脅迫、権力乱用その他一切の強制手段で勧誘・誘因・拐去した者は処罰すること、という義務を負っていました [vi]
また、強制労働に関する条約(ILO 29号条約)にも加入しており、女性に対するいかなる強制労働をも禁止すべき条約上の義務を負っていました。当時、朝鮮・台湾からは満21歳未満の女性たちが数多く帝国外の慰安所に入れられています[vii]
そこで、あなたは、日本政府がこれらの国際条約上の義務に反したことを認めますか。

第4 日本軍「慰安婦」制度と公娼制度との関係について
 1 あなたは、慰安婦にされた女性は公娼であって、官憲が直接暴行・脅迫を用いて連行したのでなければ、慰安所に女性たちを入れたことについて政府に責任はないと述べておられます。その発言に関連して、以下の質問にお答え下さい。
(1)当時、公娼制度においても自由廃業の規定があり、意に反する性行為の強制は違法とされていましたが、あなたはこのことを知っていますか。
(2)公娼制度の実態をみると、女性は居住の自由がなく、外出の自由も1933年までは認められず、自由廃業の規定があったにもかかわらず、前借金に縛られて廃業することができませんでしたが、あなたはこのことを知っていますか。
(3)(2)の実態は、当時においても違法といえるのではありませんか。

2 軍慰安所において拒否することができずに性行為を強制されていたことは、当時の規範に照らしても許されないのではありませんか。

第5 軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行
 1 あなたは、本件書簡において、インドネシアのスマランで軍・官憲が暴行・脅迫を用いた連行(略取)によりオランダ人女性を慰安所に入れたことを認めておられますが、これは軍・官憲による強制連行ではありませんか。

 2 オランダ政府の報告書によれば、上記のスマラン事件以外に、ブロラでの軍による略取(監禁・レイプ)、1944年1月のマゲラン事件、同年4月のスマラン・フロレス事件、1943年8月のシトボンド事件など8件の軍・官憲による略取(未遂を含む)が挙げられていますが[viii]、あなたはこれを知っていますか。

 3 また、白人女性ではなく、インドネシア人女性の軍・官憲による略取については、アンボン島で、海軍が「慰安婦狩り」を行ったという元主計将校、坂部康正さんの証言、サパロワ島で民政警察が強制的に連行したという禾晴道さんの証言、モア島で地元の女性を強制的に慰安所に入れたという、極東国際軍事裁判の証拠記録(オハラ・セイダイ陸軍中尉の証言)などがありますが[ix]、あなたはこのような証言があることを知っていますか。

 4 日本の裁判所は、中国の山西省と海南島で、軍が暴行・脅迫を用いて女性たちを連行した事実に関して、たとえば、「日本軍構成員によって、駐屯地近くに住む中国人女性(少女も含む)を強制的に拉致・連行して強姦し、監禁状態にして連日強姦を繰り返す行為、いわゆる慰安婦状態にする事件があった」とを認定しています(中国人第一次裁判東京高裁判決・2004年12月15日)。これ以外にも、中国人第二次裁判東京地裁判決・2002年3月29日、同東京高裁判決・2005年3月18日、山西省裁判東京地裁判決・2003年4月24日、同東京高裁判決・2005年3月31日、海南島裁判東京高裁判決・2009年3月26日などで、軍による暴行・脅迫を用いた連行の事実を認定していますが[x]、あなたは日本の裁判所がこのような事実認定をしていることを知っていますか。

 5 上記2乃至4に照らせば、日本軍が暴行・脅迫を用いて女性たちを連行した多数の事実が認められているのではありませんか。

第6 連行の犯罪性とその該当性について
 1 朝鮮・台湾でも施行されていた刑法第226条は、帝国外に移送する目的で人を略取・誘拐または人身売買した者は2年以上の有期懲役に処す、と規定しています。
このように、当時、略取(暴行・脅迫を用いて連行すること)だけではなく、誘拐(詐欺または甘言により連行すること)・人身売買(前借金を与えて経済的強制により人身を拘束すること)も犯罪だとされていたことを知っていますか。

 2 朝鮮においては、軍・官憲が選定した業者が誘拐・人身売買により女性たちを国外に連行したことは、たとえばアメリカ戦時情報局心理作戦班「日本人捕虜尋問報告」第49号(1944年10月1日)など、様々な資料や軍人の証言により立証されていますが[xi]、あなたはこのことを知っていますか。

 3 警察庁は、北朝鮮による拉致の定義について、「警察において、拉致容疑事案としているものは、そのいずれも、北朝鮮の国家的意思が推認される形で、本人の意思に反して北朝鮮に連れて行かれたものと考えている」としたうえで、飲食店主が誘拐(甘言)により連行した日本人被害者についても拉致と認定していますが[xii]、あなたはこのことを知っていますか。

 4 上記1乃至3によれば、略取の場合のみならず、誘拐、人身売買により連行された場合も犯罪であり「拉致」に該当するといえるのではないですか。

第7 安倍内閣の閣議決定について
 1 あなたは、本件会見において、2007年に安倍内閣が「軍や官憲によるいわゆる強制連行の事実を直接示すような記述も見当たらなかった」という閣議決定を出したということを強調していますが、この閣議決定では同時に「政府の基本的立場として官房長官談話を継承している」と述べているのではありませんか(内閣衆質166第110号、2007年3月16日)[xiii]

2 この閣議決定は、単に「軍や官憲による」強制連行の事実を「直接」示す「記述」が見当たらないと述べているにすぎず、それ以外の証拠(たとえば、強制連行を体験した被害者の証言など)については言及していないのではありませんか。
また、スマラン事件関係資料など当時法務省が所蔵していた証拠が入っていないとすれば、調査は不徹底だったのではありませんか。

3 この閣議決定は、軍・官憲が暴行・脅迫を用いて女性を連行した「事実」の有無については言及していないのではありませんか。

4 この閣議決定は、「政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話…のとおりとなったものである。」としたうえで、「同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には」見当たらなかったと述べているにすぎず、平成5年8月4日の調査結果の発表後に発見された資料については言及していないのではありませんか。

5 この閣議決定を根拠に、当時、軍が暴行・脅迫を用いて女性を連行した「事実」を否定することはできないのではありませんか。

第8 「朝まで生テレビ」での発言について
   私は、1997年1月31日の「朝まで生テレビ」において、日本軍・日本政府の責任が問われる問題として、「慰安所での強制」、「未成年者(21歳未満)の使役」、前借金による拘束、就業詐欺、拉致・誘拐、権力乱用(半強制)、官憲による奴隷狩りのような連行という5種類の徴募時における強制があったと主張していますが、あなたは私が上記番組でこのような主張をしていたことを知っていましたか。 

第9 私の見解に対する理解について
 1 私は、これまで一貫して、慰安所において強制があったと主張し、その違法性を基本的な問題として指摘してきたのですが、あなたはこの事実を知っていますか。

2 あなたは本件会見の時までに、私の著作のうち、何を読みましたか。また、現在までに、何を読みましたか。

3 あなたは、本件書簡において、8月24日の発言は、東京基督教大学の西岡力教授が雑誌『WiLL』2012年10月号で述べていることに基づいている、と言われています。
  そこでの西岡教授の発言は、「朝鮮半島で権力による慰安婦の強制連行」は証明されていないと吉見が言ったというもので、「朝鮮半島で」「権力による」という限定が付いています(ただし、西岡教授の要約も正確ではありません。「強制連行」ではなく、「奴隷狩りのような暴力的連行」というべきです)。しかし、あなたは、本件会見で、「朝鮮半島で」「権力による」との限定なしに、「吉見さんという方ですか、あの方が強制連行という事実というところまでは認められないという発言があったりとか……」と述べ、私が強制連行という事実はなかったと発言していると断定しています。
これは、私の基本的見解を確認することなく、私の見解を歪曲して述べたことになるのではないですか。

4 本年5月27日の日本外国特派員協会でのあなたの会見の場で、日本維新の会の桜内文城衆議院議員は、私の『従軍慰安婦』(岩波新書)を英訳したComfort Women: Sexual Slavery in the Japanese Military During World War II, Columbia University Press, 2000について、「ヒストリーブックスということで吉見さんという方の本を〔司会者が〕引用されておりましたけれども、これはすでに捏造ということが色んな証拠によって明らかとされています」と述べておられましたが、これも私の名誉を著しく毀損する発言といわざるをえません。あなたは当日桜内議員のこの発言を制止しませんでしたが、この発言を肯定するのですか。
以上



[i] 坪川宏子・大森典子編『司法が認定した日本軍「慰安婦」』(かもがわブックレット、2011年)参照。
[ii] 極東国際軍事裁判所編『極東国際軍事裁判速記録』第10巻(雄松堂書店、1968年)。
[iii] 軍慰安所では女性たちはその中の一室で暮らさなければならなかった。軍がつくった慰安所規則では、外出は許可制になっていた。いうまでもなく許可制では外出の自由はないことになる。また、自由廃業(辞めようと思えばいつでも辞められる権利)の規定ははじめからなかった。前借金があるので、全額を返済しなければ解放されなかった。軍人の相手を拒否しようとすれば、軍人か業者に暴力を振るわれ、強制された。
[iv] たとえば、199614日国連人権委員会で任命されたクマラスワミ特別報告者が提出した報告書付属文書、1998622日戦時における女性に対する暴力に関する特別報告者マクドゥーガル氏が国連人権委員会差別防止保護委員会に提出した報告書など。
[v] たとえば、自由権規約委員会の勧告(200810)では、「22. 委員会は、当該締約国が第二次世界大戦中の「慰安婦」制度の責任をいまだ受け入れていないこと、加害者が訴追されていないこと、被害者に提供された補償(注:アジア女性基金)は公的資金ではなく私的な寄付によってまかなわれており不十分であること、「慰安婦」問題に関する記述を含む歴史教科書がほとんどないこと、そして幾人かの政治家およびマスメディアが被害者の名誉を傷つけあるいはこの事件を否定し続けていることに懸念をもって注目する。」「…当該締約国は「慰安婦」制度について法的責任を受け入れ、大半の被害者に受け入れられかつ尊厳を回復するような方法で無条件に謝罪し、存命の加害者を訴追し、すべての生存者に権利の問題として十分な補償をするための迅速かつ効果的な立法・行政上の措置をとり、この問題について学生および一般大衆を教育し、被害者の名誉を傷つけ、あるいはこの事件を否定するいかなる企てをも反駁し制裁すべきである。」と述べ、また、女性差別撤廃委員会の勧告(2009・8)では、「37.委員会は、「慰安婦」の状況について締約国がいくつかの措置を取ったことに留意するが、第二次世界大戦中に被害を受けた「慰安婦」の状況について、締約国が永続的な解決を見出していないことを遺憾とし、学校の教科書からこの問題に関する記述が削除されたことに懸念を表明する。38.委員会は、「慰安婦」の状況について、被害者への補償、加害者処罰、一般の人々に対するこれらの犯罪に関する教育を含む永続的な解決を見出す努力を緊急に行なうよう、締約国に改めて勧告する。」と述べている。
[vi] 日本は1921年条約第14条により、この条約を植民地には適用しない措置をとっていたが、国際法律家委員会は、「これは植民地などに残っている持参金・花嫁料の支払いなどの慣行をただちに一掃することができないため挿入されたもので、花嫁料などの慣行がない朝鮮女性に加えられた処遇について、その責任を逃れるためにこの条文を適用することはできない」と述べている(国際法律家委員会『国際法からみた「従軍慰安婦」問題』明石書店、1995年)。また、女性たちが日本の船舶で移送される場合、日本の船は国際法的には日本の本土とみなすことができるので、植民地除外の宣言にもかかわらず、この条約が適用されることになる。
[vii] 支那派遣軍慰安係長であった山田清吉さんは、「〔朝鮮〕半島から来たものは前歴もなく、年齢も十八、九の若い妓が多かった」と述べている(山田『武漢兵站』)〔資料1〕
[viii] 「日本占領下オランダ領東印度におけるオランダ人女性に対する強制売春に関するオランダ政府所蔵文書調査報告」19941月、梶村太一郎ほか編『「慰安婦」強制連行』(金曜日、2008年)に収録〔資料2〕
[ix] 海軍経理学校補修学生第10期文集刊行委員会編『滄溟』同委員会、1983〔資料3〕。禾晴道『海軍特別警察隊』太平出版社、1975〔資料4〕。内海愛子ほか編『東京裁判――性暴力関係資料』現代史料出版、2011〔資料5〕
[x] 前掲、坪川宏子・大森典子編『司法が認定した日本軍「慰安婦」』参照。
[xi] 1942年に約700名の朝鮮人女性が「病院にいる負傷兵を見舞い、繃帯を巻いてや」るような仕事だと騙され、数百円の前渡し金を受け取ってビルマに連行された、と書かれているので、誘拐と人身売買により連行されたことがわかる(吉見『従軍慰安婦資料集』大月書店、1992年所収)。小俣行男元読売新聞記者は、ビルマのラングーンにいた時、40-50名の朝鮮人女性が「慰安婦」としてやって来たが、相手になった女性は騙されて来た初等学校の先生で、別に16-17歳の少女が8名おり、この商売がいやだと泣いていたと記している(小俣『戦場と記者』冬樹社)。支那派遣軍慰安係長であった山田清吉さんは「朝鮮では業者が別の名目で募集し、実際は慰安婦にさせられたものが多い」と記している(山田『武漢兵站』図書出版社、1978年)。このような日本の軍人等の証言は数多くある。秦郁彦元日本大学教授は、自らが「信頼性が高い」と判断した「慰安婦」募集の事例を9例挙げている。そのうち4例が朝鮮人女性のケースだが、3例が誘拐、1例が人身売買である〔資料6〕
[xii] 警察庁「元飲食店店員拉致容疑事案(兵庫)について」2005425〔資料7〕
[xiii] 安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問主意書(提出者辻元清美)及び答弁書(2007年3月16日付)〔資料8〕

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(別紙1)
日本軍・日本政府による軍慰安所制度の創設・運用等に関する資料

Ⅰ.軍慰安所の設置と徴募。
 ① 陸軍省は陸達第48号「野戦酒保規程改正」(1937929日)において、「野戦酒保に於いては前項の外必要なる慰安施設をなすことを得」という条文を加え、軍慰安所を軍の施設として設置できる改正を行った(引用文はカタカナ混り文。以下同様)。
 ② 中支那方面軍は、193712月に、軍慰安所設置の指示を出している(飯沼守上海派遣軍参謀長の日記〔19371211日〕には「慰安施設の件方面軍より書類来り実施を取計ふ」とある)。
 ③ 北支那方面軍参謀長は、「成るへく速に性的慰安の設備を整」えるよう指示している(1938627日「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件通牒」)
 ⑤ 台湾軍司令官は、1942312日、台湾人「慰安婦」50名をボルネオへ移送するよう南方軍が要求してきたので、憲兵が調査選定した業者3名の渡航許可を陸軍省に要請し、陸軍省は326日にこれを許可している(台湾軍起案「南方派遣渡航者に関する件」19423月)。
 ⑥ 倉本敬次郎陸軍省人事局恩賞課長は、陸軍省課長会報で「将校以下の慰安施設を次の通り作りたり」と述べ、「北支100ケ、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400」という数字をあげている(「金原節三業務日誌」〔陸軍省医務局医事課長〕194292日)。これは、1942年に陸軍省が400箇所で軍慰安所を作ったということである。

Ⅱ.徴募・渡航の方法・条件を指示。
 ① 陸軍省は、慰安婦の「募集等に当りては派遣軍に於て統制し、之に任ずる人物の選定等を周到適切にし、其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連携を密に」するよう指示している(陸軍省副官通牒「軍慰安所従業婦等募集に関する件」193834日)。
 ② 内務省は、慰安婦の渡航は「必要已むを得ざるものあり」と承認し、内地からの渡航は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜業を営み、満二十一歳以上且花柳病其の他伝染性疾患なき者」に限って「黙認することとし」、身分証明書を発給するよう、各府県知事に指示している(内務省警保局長「支那渡航婦女の取扱に関する件」1938223日)。内地から渡航する「慰安婦」は①満21歳以下は渡航を認めない、②満21歳以上は「現在内地に於て娼妓其の他事実上醜業を営」む者以外は認めない、というものだが、このような制限を課す通牒は、朝鮮・台湾では出されなかった。明白な差別的取扱いがなされていたことになる。
 ③ 内務省は、193811月、第21軍の要請を受け、大阪(100名)・京都(50名)・兵庫(100名)・福岡(100名)・山口(50名)に人数を割り当て、警察が業者を選定して集めさせるよう指示している(内務省警保局「支那渡航婦女に関する件伺」1938114日)。業者選定の際には、「何処迄も経営者の自発的希望に基く様取運び之を選定すること」と注意している。なお、この文書には、台湾総督府もすでに300名の女性を手配済みであるとも記されている。
 ④ 19417月、対ソ戦を想定した関東軍特種演習の際、関東軍は2万人の「慰安婦」の徴募を朝鮮総督府に依頼し、約1万人が集められたといわれている(島田俊彦『関東軍』中公新書)。最近では、その数は約3000人だったともいわれる(関東軍参謀部第3課兵站班でこの業務を担当した村上貞夫氏の千田夏光氏への手紙、『2000年女性国際戦犯法廷の記録』3巻、緑風出版所収)。

Ⅲ.軍慰安所の監督・統制。
 ① 第21軍司令部は、「慰安所は所管警備隊長及び憲兵隊監督の下に警備地区内将校以下の為開業せしめあり」と報告している(第21軍司令部「戦時旬報(後方関係)」19394月中旬)。管下の慰安婦は1000名とも報告。
 ② 第35師団司令部は、軍慰安所などの施設は「当該駐屯地に於ける高級先任の部隊長(以下管理部隊長と称す)管理し、経営又は指導監督に任するものとす」と規定している(第35師団司令部「営外施設規定」1943年)。
 ③ 独立攻城重砲兵第二大隊は、慰安所の「監督担任部隊は憲兵分遣隊とす」という慰安所使用規定を作成している(独立攻城重砲兵第二大隊「常州駐屯間内務規定」19382月)。独立歩兵第13旅団中山警備隊は、部隊副官が「軍人倶楽部の業務を統轄監督指導し円滑確実なる運営を為すものとす」という規定を作成している(独立歩兵第13旅団中山警備隊「軍人倶楽部利用規定」19445月。なお第一軍人倶楽部は食堂、第二軍人倶楽部は軍慰安所)。各部隊作成の軍慰安所規定は類似の軍による監督・統制を規定している。

Ⅳ.軍慰安所の衛生管理。
 ① 陸軍の教育総監部は、性病予防に関して「慰安所の衛生施設を完備すると共に軍所定以外の売笑婦、土民との接触は厳に之を根絶するを要す」と初級将校に指導している(教育総監部編『戦時服務提要』1938525日)。
 ② 陸軍省は、性病予防に関連して「出動地に於ける慰安所等の衛生管理に関し遺漏なきを期するものとす」と通牒している(陸軍省副官「大東亜戦争関係将兵の性病処置に関する件、陸軍一般へ通牒」1942618日)。

Ⅴ.軍紀風紀維持に関連して
   陸軍省は、「事変地に於ては特に環境を整理し慰安施設に関し周到なる考慮を払ひ、殺伐なる感情及劣情を緩和抑制することに留意するを要す」と、関係陸軍部隊に送達している(陸軍省副官送達「支那事変の経験より観たる軍紀振作対策」19405月)。

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(別紙1)以上。

2013年6月9日日曜日

167:ベルリンで雨にも負けない日本の若者たちの脱原発活動が連日大成功:2013年6月2日3日。一部追加

 みなさま、橋下徹大阪市長の日本侮辱言動に腹を立てて、ここしばらく本題の脱原発のから外れていました。日本の原発推進問題も根本には歴史認識があるので、脱原発にも、この問題を避けて通ることはできません。それを如実に現しているのが、昨日の日仏首脳の原子力政策での協力声明です。日本の安倍政権もフランスのように核大国になりたいことの現れです。最悪の原発事故がなかったごとくふるまい、国を誤る安倍首相の姿はひどいものです。(追加:なぜフランスが核大国のままでであり、ドイツは脱原発が可能なのか?これについては、昨年書いたものがありますのでご参考まで。→フクシマが日本社会に問いかけているもの」

 さて、そんな安倍首相に腹を立てているベルリンの日本の若者たちによって生まれた、SAYONARA NUKES BERLIN (→Facebook →HP ここには自らの報告や面白い情報があるのでご覧ください。例えばドイツのセシウム汚染されたブルーベリージャムの話しなど)が、6月2日の日本での大規模な脱原発デモに連帯して、同日と翌日にベルリンで足が地に着いた活動を行いました。報告が約一週間遅れましたが、今回はそれを写真で紹介します。このブログではすでに何度も彼らの活発なデモについて報告しました。最近は→「ベルリンで若者たちのデモが誕生」で見れます。

 6月2日には、日本と連帯してデモを行おうとも考えたようですが、実はこの日、ベルリンでは伝統的な→環境フェスティバルが行われるので、それに参加して活動の宣伝と日本の脱原発の1000万人署名を集めることにしたとのことです。

 この判断は、正しいものでした。実はこのところ西、中央ヨーロッパは最悪の天候が続き、何とパリの方がモスクワより気温が低い状態が長く続いているのです。そのためドイツでも大雨による大洪水となり、ベルリンでもこの日もデモができる天気ではなかったからです。
ドイツに住んで長いわたしも初めて体験する悪天候で、昔なら飢饉で餓死者が避けられないような状態ですが、まずはいかに酷いかを報道写真などを拝借して少し見ていただきます。(いつものとおり写真をクリックすれば全てがパノラマで見れます)。
 
 これは、ドイツ南部の街、パッサウ市です。ここは中央のドナウ川に二つの川が 合流する街ですが、今週始めには街の中心が水没してしまいました。この街では1501年以来の大洪水であるとの報道もあります。
 
DPA
この街に住んでいるスタッヘダーさんがツイートした写真が話題になっています。この人の家は、二重窓が上等でまだ内部まで浸水はしていないようです。付けられたツイートも翻訳しておきました。
白鳥がノックして、「家の中だいじょうぶ?」
しかし、笑い事ではありません。終末の今日には河川の下流にあたる北ドイツの水位が上昇し続けており、各地で浸水が広がっています。幸いドイツでは水死者は出ていないようですが、救助に駆けつけた市民の中で過労で亡くなる方がでているとの報道があります。ドイツ軍も堤防強化などに連日出動し、メルケル首相も被災地を訪ねています。
パッサウ市を訪ねたメルケル首相: DPA
以上が、悪天候の一幕です。幸い今週は天気も回復しているのですが、被害の全貌はまだつかめていない状態です。

前置きはこれぐらいにして、本題の報告です。

 毎年ブランデンブルグ門に通じる大通りで行われつ環境フェスティバルは、環境保護NGOの連合会が主催し、それに市民団体や政府機関、公共放送も参加しての大規模なものです。恒例となっているのはこの日、行われる自転車のラリーです。ですから、毎年自転車の新製品が登場するので、わたしも自転車で散歩がてら見学に出かけるのですが、この日は朝から、断続的に雨が降り、最高気温も12度ほどなので、あきらめて午後から電車で出かけました。

 ブランデンブルク門に設けられt舞台にも、雨のため観客はまばらです。
大通りには、出店が200近く出ていますが、SAYONARA NUKESの出店は、直ぐ見つかりました。なにしろ旗印が鮮明なので目立ちます。

人出は例年に比べてまばらですが、やってますね、今では日本人の脱原発デモでは名物の、パーフォーマンスの名優カズマ君が、ちゃんと雨傘をかぶって演技中。
人出はまばらでも、退屈せず朗らかな雰囲気です。
独自のデザインのTシャツ、バッジなど、「特産品」が並んでいます。以前紹介しました→セバスチャンおじさんの絵本もありますね。この絵本は日本で評判が高くなり、韓国語、中国語版も出版の話しが出ているそうです。いいですね。これはわたしが予言した通り、古典的価値が出る本です。ちなみにベルリンでは、ペスタロッチ通の「やましな書店」で販売されているとのことです。

それでも、傘をさして立ち止まる人もちらほら。

市民の関心は高いのです。

そこで、わたしは今年の様子を見に、一回りしました。一件隣は、ベルリンのベーシック反原発団体、Anti Atom Berlinの店。いつも一緒にデモをやるパートナーで、姉妹組織のようなもの。「今年は、日本人が初めて店を出したのでとても嬉しい」とのことです。

なにやら、立派な車がありますね。何だろう・・・

入ってみると、ドイツ連邦放射線防御庁の宣伝カーで、携帯電話の電磁波の測定をやっています。携帯電話の電磁波の危険性は、長く指摘されていますが、ついに政府機関が啓蒙に乗り出したようです。測定装置に携帯を近づけると、モニターに値が出ます。話しを聴きますと、非常に値の高い危険な携帯機器は多いと、担当のお役人が述べていました。

最新のスエーデンでの大規模な疫学調査では、「子どもの携帯電話の電磁波による脳腫瘍の罹患率は大人の3倍から4倍に及ぶ」との結果が発表されています。子どもに携帯電話を持たせることはできるだけ避け、常時携帯させることは必ず止めた方が良いのです。

 その向かいのお店には、カエルのロゴがあります。 見たことがないので訪ねてみると、ベルリンの東北の端のマルヒョウ地区をまるきり自然保護区域にしようと計画している市民団体です。コウノトリもやってくる自然が残され、大都会内では貴重であるとのことです。多彩な活動をやっているとのことでわたしも知らなかったので、一度訪ねてみたいと思います。ベルリンは広いのです。

行列があるので何だろう? これはエコロジートイレです。ついにトイレも緑となりそうです。

これは、NABUという大きな自然保護団体の出店で、この日のテーマはオオカミです。ドイツのオオカミは絶滅していましたが、冷戦後の平和の配当に文字どおりあやかって東欧から移動するオオカミが少しずつ増えています。話しを聴くと今では旧東ドイツからハンブルク近くまで目撃され、150頭ほどになっているとのことです。しかし定着するにはまだ少なすぎるので、市民の理解と啓蒙が必要だとのことです。「赤ずきんちゃん」以来の偏見を正すのは大変だということでしょう。
  オオカミの糞と毛皮を観察するサンプルも展示してありました。

トイレと、糞の後では順序が逆ですが、今では市民生活にすっかり定着した自然食のパン屋さん。ドイツの市民には欠かせない重要な食品です。価格も安くなりありがたいことです。この味を覚えたら必需品になります。

でも、このようなお祭りでは、やはり子どもたちにも人気があるのは自然食のクレープスですね。自然食のジャムがついていますからそりゃ美味いのです。

さてこのフェスティバルの例年の主役は、なんといっても自転車です。毎年のトレンドが見られるのです。近年の乗用車離れに対応して、増えているのが貨物自転車です。ありとあらゆるスタイルが並んでいます。日本では戦後に自転車リヤカーがありましたが、その復活のようなものです。

寒くて震えそうな時に、目についたのがベルリンの全国紙TAZ・タッツ紙の車です。
名前にプレスとエスプレッソをかけたコーヒー屋を出しています。この新聞はドイツの68年世代が創設した批判的な日刊紙で、優秀なジャーナリストを多く育てたリベラル左派の代表です。同紙が脱原発に果たした役割にも大きなものがあります。
しめたと、一杯コーヒーを飲みましたが、アフリカ産の無農薬で最高の香と味でした。
これは電気自動車で充電していました。


 ところが、しばらく行くと、coffee-bike・自転車コヒーがあるではありませんか。これは見たことがありません。伝統的カフェーの雰囲気もすばらしい。

これが店内です。ほめると「苦労した手作りの店だよ」と持ち主。これが自転車だとはとても思えませんね。これぞドイツの職人気質の現れでしょう。
こちらの、自転車食堂は、モダンで広く合理的にできています。ソーセージ、スープなどかなりのメニューがあるようでした。

というように、自転車商店街を楽しんでいると、よく見る人物が自転車を押してやってきました。→ハンス=クリスチャン・シュトレーベレ連邦議員です。
緑の党左派の長老で、弁護士、上記のTAZ紙を創り上げたひとり。徹底したドイツ軍海外派遣反対主義者で各党派から恐れられ、かつ尊敬されている人物です。
以前小田実氏の「正義の戦争はあるか」というNHKのドキュメントでは、小田氏はアメリカではいまだに日本を牛耳るアミテージと対談しましたが、ドイツでは対極に当たる彼と対談してもらいました。わたしはそれ以来の知り合いです。
何しろ彼は、国会にも自転車でやってきます。わたしの近所に住んでいるので電車にも自転車とともに乗り込んでくる彼によく会います。1998年からの 長い国会議員ですが、ここ2期の総選挙ではベルリンの彼の選挙区では常に最大得票数を得ています。緑の党支持者を越える支持層があるのです。もう75歳ですが、この9月の総選挙にも立候補するとのことです。

なにしろ出店が200ほどもあるので、紹介は以上にします。

 一回りして、若者たちの出店に還ってくると、いつものデモの若者参加者が自前の旗をもって来ていました。 これぞ日本の誇れる若者ですね。


店には、日本人の観光客の一団が来ています。なにやらしきりに話し込んでいます。

耳を傾けてみると、若者たちの活動に大感激。おいてあるインドに原発を売り込む安倍首相を批判する報道記事にも「その通りだ、恥ずかしい」と、みなさん100万人署名に疎署名しただけでなく、署名用紙をホテルに持ち帰り、他の団体客からも署名を募り、日本に帰国してから東京に届けましょうとの協力ぶりです。日本の市民の関心の高さがこんなところにも現れている情景でした。

雨も小降りになって来て、ドイツ人市民も署名する人が続いています。

この日は、若者たちに協力して、長い間「慰安婦問題」に取り組んで来た知る人ぞ知る「ベルリン女の会」のみなさんも手分けして、署名集めをしました。長年ドイツ人に日本語を教えている女性につかまって、署名をしない若者はいないようでした。

署名だけでなく、特産グッズも売れていますね。貴重な資金集めです。

若者たちのロゴのTシャツを買った女性です。
閉店が近づいた頃に署名用紙を見てびっくり。こんな人出が少ない日でも、340筆ほどが集まったそうです。もう東京に送られ着く頃でしょう。
若者だけでなく、先ほどのシュトレーベレ連邦議員ももれなくつかまったようで、ちゃんと彼の署名もありました。天気さえ良ければこれの数倍は集まったことでしょう。

もちろん、おなじみ反原発ワンちゃんの訪問もありました。

以上が、6月2日の日本人若者たちの雨にも負けない脱原発活動の報告です。ドイツでは市民団体はもちろん、官民をあげての脱原発環境保護運動のなかに、生まれたばかりの日本の若者たちの活動が、そのまま極めて自然に組み込まれ歓迎されている様子が、伝わればとおもいます。これがこの国の民主主義のありようでもあり、社会の豊かさと信頼の源なのです。その中で、日本の若者たちが自主的にしっかり足が地に着いた活動を、一生懸命、しかしあまり無理をせず築いている様子が見てとれました。

とはいえ、若者たちは、この日の疲れも物ともせず、翌日の6月3日の月曜日の午前10時から、講演会を行っています。
ここで彼らにつかまったのは、ちょうどドイツの専門家たちと放射線防御の国際協力の相談にやって来た松井英介医師です。
 この講演会は、ベルリン在住の若いお母さんたちを対象に内部被曝とその防御について日本語で行われています。わたしも遅れて様子を見に行ってびっくりしました。

 会場には若い日本女性が50人以上も参加し、非常に熱心に耳を傾けているのです。かなり難しい内容もあるのですが、二時間にわたった休みなしの集中講義の雰囲気はある種の緊張感が感じられました。
ふつうの家庭のお母さんたちには、聞き慣れない内容ですが、一言も聞き逃さないという真剣さで張りつめた空気。

就学児童が学校に行っている時間帯に設定された講演ですが、お母さんから離せない乳児も6人ほど、時折その場で授乳されながらお母さんの膝ので大人しくしていました。

もちろん赤ちゃんたちの場所も設けてありました。

休憩後、質疑応答がありましたが、いづれも本当に子どもたちの健康を心配する真剣な質問ばかりでした。これをきっかけに真剣な勉強が始まるでしょう。

 最後に、カズマ君がパーポーマンスをやりましたが、何と松井医師の話しを要約した低線量被曝による遺伝子切断を見事に表現したものでした。これは並の才能ではないと思わせる名演技で、お母さんたちの割れるような拍手を浴びたものです。
 二日間の連日の活動を終えて、松井英介、和子ご夫妻と記念写真におさまるスタッフのみなさんです。

          協力されたみなさん、連日大変ご苦労様でした。

                若者たちのロゴです。

2013年6月5日水曜日

166:吉見義明教授の橋下徹市長名誉毀損、提訴となれば断固として支持します。追記あり。

吉見義明教授が本日、大阪市役所で記者会見し橋下市長の発言に対して公開質問状を大阪市に提出、返答によっては名誉毀損で提訴もあると述べています。
 毎日新聞によれば次のとおりです:


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→橋下氏慰安婦発言:中央大教授が公開質問状 大阪市に提出


毎日新聞 20130604日 2013
 旧日本軍の従軍慰安婦を巡る橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)の発言で名誉を傷つけられたとして、吉見義明・中央大教授が4日、発言の撤回と謝罪を求め、橋下氏への公開質問状を市に提出した。十分な回答がない場合は、提訴も検討するという。
 橋下氏は昨年8月、従軍慰安婦に関する記者団との質疑で、吉見教授の発言として「『強制連行の事実までは認められない』と発言があった」と言及。吉見教授は同年10月に文書で抗議したが、橋下氏から謝罪や撤回がなく、改めて質問状を提出した。
 質問状では「私は一貫して、慰安所で強制があったと主張し、違法性を指摘してきた」として「私の研究の根幹を否定し、社会的評価を著しく損なった」と批判。1カ月以内の回答を求めている。
 また、橋下氏が先月27日、日本外国特派員協会で記者会見した際、同席した桜内文城衆院議員(維新)が吉見教授の著作を「捏造(ねつぞう)」と発言したことへの見解も求めた。
 吉見教授は記者会見で「慰安所で強制があったことが一番問題で、橋下氏はそれをきちんと認識していない」と批判した。【茶谷亮】

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吉見教授への名誉毀損の背景については、すでにグログ162で紹介したとおりです
:→橋下市長の「慰安婦必要」発言は強盗の居直り説教に等し

追記:今回の吉見教授の6月4日付の公開質問状全文は168をお読み下さい。
 
 わたしは公開質問への回答で提訴となれば、教授を断固支持します。橋下氏が敗訴しても、まともに謝罪するとは思えませんが、この裁判は日本の市民が日本社会の名誉を自ら回復する意義があり、大変重要であるからです。この際、とっくに国際社会では決着のついているこの問題に関して、日本社会で決着する実に良い機会であるからです。

 また、若い方はご存じないでしょうが、吉見教授とわたしは、1997年の初め、「慰安婦問題」が議論になったときに、当時台頭して来た「新しい教科書をつくる会」などの歴史改竄主義者がを相手に、「朝まで生テレビ」に出演したことがあります。わたしはそこで中国の歴史資料を示して、「白を黒という」歴史の嘘つきどもをやっつけたことがあります。これが近年の日本の歴史改竄主義者が公開論争で負けた最初です。

 それから10年後の2007年、安倍晋三首相の「狭義の強制はなかった」発言に関して、わたしは、村岡崇光ライデン大学名誉教授と共同で、手元にあるオランダ臨時軍法会議の強制売春裁判の膨大な史料を訳出、解説して、「週刊金曜日」で公表しましたが、この資料公開が世界中に報道されたこと(少し例を挙げますと:→Japan Times, →BBC英文、→ BBC中文)がきっかけで、ここで初めて公表しますが、ドイツのマーブルグ大学の要請で、膨大な一次資料を同大学の歴史資料として提供し、かなりの部分がデジタル化されています。そこでは強制労働の資料文書の一部として活用され、今年になって学術研究が出始めています。

 今度の橋下名誉毀損事件ともなれば、必要に応じてもちろんこの史料も証拠として公判に提供します。 中には、東京裁判に英文で提出された証拠書類のオランダ語オリジナルも含まれています。成り行きによっては、この史料:公判記録・尋問調書・判決文などに出てくる、まだお元気なオランダ人犠牲者、あるいはその関係者も法廷証言をしてくださることも大いにあり得ます。

 これが、分厚いファイルの書類の写真です。橋下市長や、その仲間の歴史の嘘つきどもは、歴史資料の紙の鉄砲玉に当たれば、くたばってしまうくだらない輩たちなのです。
すでに多くの日本の裁判所も判決で強制連行の事実認定はしているにもかかわらず、いまだにそれを否定する橋下徹市長は、果たして弁護士の資格があるのでしょうか。判決文ぐらいは読むべきです。明治時代にはこの手を三百代言といいましたが、人権侵害を平然とするこの手の連中を表現する言葉は、これからできるでしょう。

 吉見義明教授を「性奴隷犠牲者名誉毀損事件」で断固として支持します。日本の名誉のためです。


 

 

 

 

 

2013年6月3日月曜日

165:橋下徹さま、国連事務総長にも批判された君は、松岡洋右以来の政治家。ただし二番煎じの喜劇役者のお手本

橋下徹さま、
 
 先ほどの朝日新聞の報道によりますと、バンキムン国連事務総長も橋下発言を「国際社会は納得しない」と批判し、また日本の政治家に「歴史への正しい理解を」求めたとのことです。

 前回報告した国連拷問委員会の日本政府への勧告に終わらず、いきなり国連事務総長が、特定の国の地方自治体の政治家の発言を批判することなどは、これぞ前代未聞の出来事です。橋下君にとって、とても「名誉」なことですね。やっぱり、頭のわるいボンボンの安倍晋三君などとは格段の差ですね。

 これによって、君は国際機関を敵に回した日本人としては、リットン調査団に反発した日本政府の全権として、国際連盟を脱退演説をした松岡洋右以来の政治家に匹敵するといえます。「とても偉い政治家」となりました。実に立派なことです。しかし残念ながら、二番煎じには喜劇役者の役割しかないのです。

 国際連盟脱退演説をして日本へ帰国し、当時の民衆から国際連盟があった「ジュネーブの英雄」と大歓迎を受けた松岡は、敗戦後は戦犯容疑者として巣鴨に収監され、東京裁判審議中に病死しました。君にはそれほどの悲劇の役割は与えられないでしょう。

 というのも、松岡とは正反対の権力志向だけが信条であるポピュリストの君には、悲劇の役割はまったくふさわしくないからです。現在の悲劇の主人公とは、そのような君と、君を持ち上げるメディアにかどわかされている日本の民衆です。

 くれぐれも、国連事務総長に批判されたことで、増々舞い上がって英雄気取りにならないように。世界はいまや、滅多にないことに、突然登場した日本の名喜劇役者のMr.Touru Hashimotoのフィナーレの演技に注目しているのです。

 ただ、あなたのことですから、「満州国」リットン調査団ならぬ、「慰安婦調査団」を日本とアジア諸国へ派遣することを国連に要求するようなお芝居だけは、いくらなんでも止めた方が良いですよ。そんなことは大阪の飛田の料理店組合の元顧問弁護がすることではありません。老爺心から申し上げます。

 とまれ、君の最終演技がどうであれ、君は歴史修正主義者の喜劇のお手本になることだけは間違いありません。わたしも楽しみに期待しております。

 頓首

 明日うらしま

 朝日新聞を以下引用させていただきます。
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 →「国際社会は納得しない」 国連事務総長橋下氏を批判
春日芳晃】来日中の潘基文(パンギムン)国連事務総長は2日、旧日本軍の慰安婦を「必要だった」などとした日本維新の会橋下徹共同代表の発言や釈明について「国際社会は納得しない」と批判した。日本の政治家による靖国神社参拝にも懸念を表明。日中韓の共生のためにも「過去の歴史への正しい理解」を求めた。  横浜市内での朝日新聞との会見で述べた。
 潘氏は、橋下氏の一連の発言を巡る報道や、同氏が自らの発言の趣旨を説明するために5月27日付で公表した「私の認識と見解」の英語版も読んだという。

2013年6月1日土曜日

164:国連委の慰安婦中傷阻止勧告は橋下市長の負の功績・ドイツ紙報道翻訳「橋下の歴史修正主義の新戦略」

6月2日:橋下の表記間違いを訂正し、ついでにタイトルも変え、勧告にある時効に関する解説も少し追加しました。誤記に関する読者のご指摘に深く感謝します。
 
 前回では、2007年の第一次安倍内閣の際の首相発言が、友好諸国と欧州議会における日本への「性奴隷問題での提言決議」に至り、重い内容の欧州議会の決議を詳しく解説した2008年の論考を再録しておきました。
そこでは、「慰安婦」問題だけでなく、20世紀のアジアでの戦争における日本の外国人強制労働への、きっちりとした責任を全うしない日本政府の不作為状態が続けば、次には国連での勧告決議になることを指摘しておきました。これは当時の安倍晋三首相が、日本国家へもたらしたまごうことなき「負の功績」でした。これほど日本社会の名誉を傷つけた戦後の首相はありません。大きな日本の恥です。

 ところが、第二次安倍政権では、それを上塗りする安倍首相の「侵略の定義は決まっていない」との歴史修正主義者の典型的な暴言が口から滑り、また世界中が警戒心を高めていた時に飛び出したのが、それも是とする橋下徹大阪市長の、今回の一連の「慰安婦」問題での発言です。 これにより、当時のわたしの「次は国連での勧告となる」との警告が、不可避的に現実のものとなってしまいました。

 5月21日からジュネーブ の国連拷問委員会の対日審査で、31日委員会はついに日本政府に対して、「慰安婦」問題での中傷阻止勧告を正式に出しました。国連機関での明確な勧告です。日本政府と戦後日本社会の人道と歴史認識に対する「有罪判決への勧告」とみなすことができます。日本政府と国会がさらに不作為を続けるなら、国連機関によるさらなる勧告や決議が視野に入ってきます。
これは、橋下徹大阪市長の日本社会全体に対する、まごうことなき「負の功績」です。本人にはその自覚は欠落していますが、この結果は、単に大阪市長を辞任するぐらいではとうてい償えない損失なのです。

共同通信の第一報を以下全文記録させていただきます。
6月2日に共同通信も少し詳しい記事に差し替えていますのでそれをお借りして差し替えます。

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→慰安婦中傷阻止勧告 「法的な責任を認め関係者を処罰する 国連委日本政府に


【パリ共同】国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会(ジュネーブ)は31日、対日審査に関する勧告を発表し、従軍慰安婦は必要だったとの日本維新の 会共同代表、橋下徹大阪市長の発言を念頭に「政府や公人による事実の否定、元慰安婦を傷つけようとする試みに反論するよう」日本政府に求めた。

5月21、22日の対日審査で委員会は「大阪市長の発言」に繰り返し言及していた。

 日本政府は慰安婦問題について、太平洋戦争での出来事で、1987年に発効した拷問禁止条約の対象にならないと主張したが、拷問禁止委は「法的な責任を認め、関係者を処罰する」よう勧告した。

 元慰安婦への補償や「過ちを繰り返さないために、教科書への記述などで周知するように」とも勧告している。

 この他、代用監獄制度の廃止検討や死刑囚の家族に対する執行の事前通知なども要求した。

 委員会は、警察や国家権力による拷問や非人道的な扱いを禁止する拷問禁止条約に基づき、88年に設置された。対日審査は2007年に続き2回目。

 (共同通信)2013/06/02 09:46
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これに関する6月1日の社説で最も優れたものは神奈川新聞の→「問われる橋本発言」です。そこには:

  レイプ国家批判はいよいよ高まろそれは繰り返された証拠はなかったとい発言によるセカンドレイプによってである

とあり、問題のありかをしっかりと指摘しています。ご一読下さい。

 現在ではかなり知られるようになってきましたが、この勧告にも「関係者を処罰するよう」とあります。橋下氏の元性奴隷の女性たちに対する人道に反する酷い差別発言は、ドイツはもとより、フランスなど欧州諸国では、政治責任はもちろん、刑事責任も問われます。以前、このブログでもドイツでの政治家の歴史認識に関する失言で政治生命を失った→「ホーマン事件」を一例として報告していますので参考にしてください。橋下発言であれば、もっと酷いのでこれを越えて刑事責任も問われるでしょう。

 さて、いそがしくて少し遅れましたが、5月27日の東京の外国人記者協会での橋下大阪市長の記者会見の発言を、ドイツ語圏の記者たちがどのように報道したかを、以下二つの記事をとりあえず翻訳しますのでご覧ください。

ひとつはオーストリアの→ウインナー・ツァイトゥング、で「さあ、ショウタイムです」の言葉で始まった記者会見の雰囲気を、速報の文体の短い記事でよく表現しています。
もうひとつはドイツの→フランクフルター・アルゲマイネの特派員の記事です。いずれも5月28日掲載ですが、ここではHP掲載のものを翻訳します。写真は電子版でご覧ください。

後者は、ドイツでは中道左派の南ドイツ新聞と並ぶ、中道右派の全国紙です。この新聞が、これほど明確に日本の歴史修正主義批判を掲載するのは、滅多にない事であるので、「これで日本の安倍政権はドイツの保守政権にも決定的に見放される」というのが、わたしの印象です。ドイツではまともな相手とすることはできないからです。

 あらためてこの際、日本の読者とまた報道機関のみなさまに理解してほしいことは、欧米ではメディアなどで一致して「歴史修正主義」の烙印を押されたら、かつての戦争犯罪や人道犯罪を否認し、それにより犯罪を正当化し擁護する者として、政治生命の終わりを意味するということです。その背景には、人道犯罪には時効はないとする、戦後徐々に成立した不文律があるからです。その認識を欠落させている外交は、必ず破綻する運命にあるのです。

 このことは今回の国連勧告にも現れています。
勧告には日本政府の主張に対して次の言葉があります:
 
The Committee recalls that on account of the continuous nature of the effects of torture, statutes of limitations should not be applicable・・・

まだ正式な翻訳が出ていませんが、この部分だけのとりあえずの訳は:

委員会は、拷問の及ぼす効果が継続的本質を持っていることから、時効は適用されるべきでないことを想起する・・・・ 

 
 現時点では、国連の勧告にあわせて、他のスイス、ドイツの保守系有力紙も、かなり具体的な報道を始めています。明らかに日本の歴史修正主義の台頭に危機感が募っています。

 安倍首相はG8に参加する前の6月半ばに、東欧諸国を歴訪し、ポーランドではまた欠陥原発セールスマンをするとのことですが、それが精々でしょう。もう一つ間違えば、首相の西ヨーロッパ諸国の訪問も不可能になりそうな雰囲気になりつつあります。
自民党安倍政権は、橋下非難の火の粉が降り掛かるのを必死で止めようとはしていますが、国際社会ではもう無理です。ここで訳出した二つの記事だけでもそのことが明らかです。首相である安倍氏が歴史修正主義者としての主張を公然とできない隙をついて、その指導権を盗ろうとしているのが橋下氏であると、特派員たちは見抜いています。
それが、日本の極右の新戦略であるとの見方もでています。 

以下翻訳です:
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ウインナー・ツァイトング紙

Bürgermeister Osakas nach Aussagen über Zwangsprostitution

"It's showtime" 

Von WZ-Korrespondentin Sonja Blaschke

  • Hashimoto disqualifiziert seine Partei für eine mögliche Koalition.

大阪市長の強制売春に関する発言の後で

"さあ、ショウタイムです"


WZ特派員 ソンヤ・ブラシュケ

橋本は自党にあり得る連立への資格を失わせた


Tokio. Mit den süffisanten Worten "It’s show time" in Anspielung auf die vielen Medienvertreter aus dem In- und Ausland, aber wohl auch auf den Gast selbst, einen ehemaligen TV-Star, eröffnete George Baumgartner, Präsident des AuslandskorrespondentenClubs in Tokio, eine der am besten besuchten Pressekonferenzen der letzten Jahre. Der Gast: Toru Hashimoto, der Bürgermeister von Osaka und Mitvorsitzender der nationalistischen Japan Restoration Party. Erst Ende letzter Woche hatte er seine Absicht bekanntgegeben, zu einigen seiner als sexistisch bewerteten Aussagen der letzten Wochen Stellung zu nehmen. Dass sich die Wogen glätten und die Kontroverse nach der fast dreistündigen Pressekonferenz ein Ende findet, ist angesichts weiterer umstrittener Aussagen nicht zu erwarten. 

東京。東京の外国人特派員協会の代表のジョージ・バウムガートナーは、多数の国内外のメディア代表と、特にかつてのメィディアスターであったお客を当てこすった、嘲弄的な「さあ、ショウタイムです」との言葉で、近年最も盛大な記者会見を始めた。招待客は大阪市長、国家主義の日本維新の会の共同代表である橋下徹だ。彼は先週に彼がおこなった性(差別)的であると評価された発言に関してここで見解を述べたいとの意図を週末になって表明した。ほぼ3時間の記者会見のあと、興奮が納まり論争が終わることは、ここでのさらなる問題発言のため期待することはできない。

Hashimoto hatte vor allem Südkorea, aber auch seine Landsleute und speziell Frauen mit seiner Bemerkung erzürnt, dass die Zwangsprostitution von asiatischen Frauen im Zweiten Weltkrieg "nötig für die Entspannung der Soldaten" gewesen sei. Trotz der Forderungen von ehemaligen "Trostfrauen" - laut Schätzungen gab es in mehreren asiatischen Ländern 200.000 davon - nahm er seine Aussagen nicht zurück. Er sei falsch zitiert worden. Er forderte außerdem eine "Klarstellung" einiger Aussagen der "Kono-Erklärung" von 1993, in der sich Japan bei den "Trostfrauen", vor allem aus Südkorea, für den erlittenen Schmerz entschuldigte. Dabei stritt er ab, dass bewiesen sei, dass der japanische Staat und das Militär ein System der Zwangsprostitution betrieben hatten. Überhaupt sei Japan nicht die einzige Nation, die in Kriegszeiten Frauen sexuell missbraucht habe. Solche Verbrechen hätten auch die USA, Frankreich, Großbritannien, Russland und Deutschland begangen.
Entschuldigung bei USA

橋本は、第二次世界大戦時のアジア人女性への強制売春が、「兵士の慰安のために必要であった」とのコメントでによって、主に韓国、しかし彼の国の女性たちを特に怒らせたのだ。かつての「慰安婦」たち=多くのアジア諸国で20万人と推定されている=の要求にもかかわらず、彼は発言を撤回しなかった。間違って引用されたとするのだ。彼は、その中で特に、韓国の「慰安婦」たちが被った痛みを日本として謝罪した「河野談話」の一部を「明確にすべき」だと要求した。彼は、日本国家と軍の強制売春制度実行が証明されていることを否認した。およそ日本は、戦時に女性たちを性的に悪用した唯一の国ではないというのだ。このような犯罪はアメリカ合衆国も、フランスも、英国もロシアとドイツも犯していると述べた。
 
Im Gegensatz zum Fall der "Trostfrauen" entschuldigte sich Hashimoto bei den USA für einen Fauxpas. Sie hatte er kürzlich erzürnt, als er dem US-Kommandeur auf Okinawa empfahl, dass US-Soldaten häufiger die örtlichen Bordelle nutzen sollten, "um ihre Kräfte im Zaum zu halten".


「慰安婦」の件とは反対に、橋本はアメリカにはヘマを謝罪した。彼は先に、沖縄のアメリカ軍司令官に、米軍兵士は「彼らの精力を抑制するために」同所の売春施設をもっと活用すべきだと勧めて怒らせている。

Premier Shinzo Abe, der vor Beginn seiner Regierungszeit noch davon gesprochen hatte, das Kono-Statement zu revidieren, distanzierte sich von den Aussagen Hashimotos. Kabinettssekretär Yoshihide Suga sagte, dass die Regierung derzeit keine Änderung des Kono-Statements beabsichtige.

安倍首相は政権に就く以前には河野談話を改訂すべきだと述べていたが、橋下の発言から距離を置いている。菅義偉官房長官は、政府は現在は河野談話の変更は意図していないと述べた。

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フランクフルター・アルゲマイネ紙

Geschichtsrevision in Japan Hashimotos Doppelgesicht

 ·  Osakas Bürgermeister Hashimoto provoziert das Ausland, indem er die Zwangsprostitution in japanischen Frontbordellen während des zweiten Weltkriegs als notwendig bezeichnete. Regierungschef Abe bringt er mit der öffentlichen Geschichtsrevision in Bedrängnis.


„Honne to tatemae“ nennen Japaner die Fähigkeit, die wahre eigene Meinung hinter einem zweiten Gesicht zu verbergen. Toru Hashimoto, ein bekennender Nationalist, der auch Bürgermeister in Japans zweitgrößter Stadt Osaka ist, hat in Tokio am Montag ein Lehrstück geboten, wie sich dieses Doppelgesicht in der Politik des ostasiatischen Landes zeigen kann. Gleichzeitig bot er tiefe Einblicke in die neue Strategie der Nationalisten, die Kriegsverbrechen des eigenen Landes im Zweiten Weltkrieg zu leugnen - und empfahl sich den Wählern so als der wahre intellektuelle Führer der Rechten. Ministerpräsident Shinzo Abe, der den Plänen Hashimotos, Japans Geschichte umzuschreiben und Verantwortung für die Greuel im Krieg zu leugnen, gedanklich nicht so fern steht, ist als Regierungschef zur Zurückhaltung verdammt. Solange das Land verzweifelt versucht, seine Exporte zu steigern und wirtschaftlich wieder Tritt zu fassen, kann Abe es sich nicht leisten, Japan mit extremen nationalistischen Parolen weltweit zu isolieren.

日本人は本当の自分の意見をもうひとつの顔の裏に隠すことを「本音と建前」と表現する。橋下徹、有名な国家主義者で、日本の第二の大都市大阪市長でもある彼は、月曜日に東京で、いかにしてここ東アジアの国の政治でこの二重の顔を示すことができるかの手本を示した。それと同時に彼は、第二次世界大戦での自国の戦争犯罪を否定する国家主義者の新しい戦略を深さを垣間見せ、自分こそが右派の本当のインテリ指導者であると自薦した。首相である安倍晋三は、日本の歴史を書き換え、戦争の残虐への責任を否定する橋下の計画から、考えにおいてそんなに離れてはいないのだが、政府の長として控えめにすることを不本意にも余儀なくされている。この国が、輸出を伸ばし経済を一歩前進させるために必死で追求している間は、安倍は極端な国家主義の主張で日本を世界中で孤立させることはできないのだ。

Hashimoto: „Trostfrauen“ waren notwendig
Hashimoto weiß das. Lange schon gibt es Gerüchte, der Bürgermeister von Osaka könne als Führer einer nationalen Opposition nach der Oberhauswahl im Juli aus der Provinz auf die nationale politische Bühne nach Tokio wechseln. Internationale Schlagzeilen macht Hashimoto seit einer Woche. Da erklärte er, die von den kaiserlichen Streitkräften Japans während des Krieges mitorganisierte und gebilligte Verschleppung von rund 200.000 Mädchen und jungen Frauen in die Frontbordelle der Armee sei aus damaliger Sicht „notwendig“ gewesen. „Wenn man Soldaten, die unter Bedingungen, bei denen Kugeln herumfliegen wie Regen und Wind, ihr Leben riskierten, ausruhen lassen will, war ein System der Trostfrauen notwendig“, sagte er. „Trostfrauen“ werden in Japan euphemistisch die oft gerade mal 15 oder 16 Jahre alten Mädchen genannt, die in die Bordelle verschleppt wurden.

橋下:「慰安婦」は必要であった

橋下は認識している。すでに長く噂としてあるように、国家主義野党の指導者として、7月の参議院選挙の後に地方の大阪市長から東京の国家主義政治の舞台へと鞍替えができることを。ここ一週間、橋下は国際的に大見出しを張った。そこで彼は、日本の天皇の軍隊が共同して組織し承認して、20万人ほどの少女や若い女性たちの軍の戦線売春施設へと連行したことが、当時としては「必要であった」と言ったのだ。「鉄砲玉が風雨のように飛び交うなかで命をかける兵士たちを休ませるために、慰安婦制度は必要であった」と述べた。売春施設に連行された、中には15や16歳の少女たちを、日本では婉曲的に「慰安婦」と呼んでいる。

 Wie verheerend das internationale Echo auf seine Aussagen ausfallen würde, damit hatte Hashimoto offenkundig nicht gerechnet. Vor dem „Foreign Correspondent’s Club“ in Tokio wolle er deswegen erklären, er sei „missverstanden worden“, verkündete er. Doch wer erwartet hatte, dass sich Hashimoto wirklich entschuldigen, dass er Verantwortung Japans für diese Kriegsverbrechen einfordern würde, der lernte schnell, was „honne to tatemae“ in der Politik des Bürgermeisters von Osaka bedeutet. „Ich versuche überhaupt nicht, die Verantwortung wegzureden“, sagte er. Selbstredend sei es ein gravierender Verstoß gegen die Menschenrechte, gegen die Würde der Frauen gewesen, dass die Frauen zum Sex gezwungen wurden. So weit die Antwort, die Hashimoto der Welt schuldig zu sein glaubt. Aber - und mit diesem Einblick in sein wahres Denken bediente Hashimoto in den nächsten Sätzen das nationalistische Lager - „sexuelle Gewalt im Krieg ist nichts, was einmalig die frühere japanische Armee auszeichnet“. Amerikaner, Briten, Deutsche, Franzosen, Russen hätten im Krieg die Rechte und die Würde der Frauen genauso verletzt. Nein, sagte Hashimoto immer wieder, er wolle die Verbrechen der japanischen Armee nicht relativieren. Doch umgehend folgte genau diese Relativierung: Die anderen seien im Krieg nicht besser gewesen. Das ist die neue politische Linie der japanischen Nationalisten. Früher leugneten Japans Geschichtsrevisionisten die Verbrechen schlicht. Jetzt gibt Hashimoto zu, es habe sie vielleicht gegeben, und schwächt sie ab unter dem Motto: Wir übernehmen Verantwortung, aber die anderen waren auch nicht besser.

彼の発言が国際的にどれほど壊滅的な反響をもたらすかについては、彼は明らかに予想はしていなかった。だから彼は東京の「外国人記者クラブ」で、「誤解された」と表明した。とは言え、ここで橋下が、この戦争犯罪に日本の責任を要求して、本当に謝罪することを期待していた者は、「本音と建前」がこの大阪市長の政策で何を意味するかを、たちまち知ることになった。彼は「僕は責任を回避しようなどとは全くしません」と言った。女性たちが性交を強制されたことは、女性の尊厳と人権に対する大変な違反であったとするのだ。ここまでが、橋下が世界に対して責任があると信じる回答だ。
しかしながら=橋下は続く言葉で、彼の本当の顔をかいま見せて国家主義の陣営に寄与して=「戦争での性暴力は、かつての日本軍に特有のものでは決してない」と言った。アメリカ人、英国人、ドイツ人、ロシア人も戦争で、同じように女性の尊厳を侵害したと述べたのだ。橋下は、何度も日本軍の犯罪を相対化しようとは思わないと繰り返す。しかし直ぐにこの相対化が続く:戦争では他国も良かったわけではない。これが日本の国家主義者たちの新しい政治路線だ。これまでは、日本の歴史修正主義者たちは、この犯罪をはっきりと否認した。今、橋下は、犯罪はおそらくあったと認めて、否認を弱めてモットーとして:責任は認める、しかし他国もまたより良かったわけではないとするのだ。

 

Hashimotos Partei stürzt seit Monaten in Umfragen ab 

Warum macht Hashimoto das? Und warum macht er es gerade jetzt? Hashimotos Partei „Japans Wiedergeburt“ verzeichnet seit Monaten einen Absturz in den Umfragen. Im Januar kam sie gerade einmal auf 2,4 Prozent, noch im Sommer vergangenen Jahres schien sie zur zweitstärksten politischen Kraft in Japan aufzusteigen. In Osaka hat Hashimoto die Erwartungen vieler seiner Anhänger auf Wandel enttäuscht. In Wirtschaftsfragen gibt es in Japan praktisch keine ernstzunehmende Opposition gegen die nach dem Regierungschef Shinzo Abe „Abenomics“ genannte Mischung aus aggressiver Geld- und lockerer Finanzpolitik. Da Abe, der wie Hashimoto die Verantwortung des japanischen Staats für das riesige Netz an organisierter Zwangsprostitution leugnet, als Ministerpräsident offiziell schweigen muss, gelingt es Hashimoto mit seinen Provokationen, zum wahren Repräsentanten des japanischen Geschichtsrevisionismus zu werden und seine Partei wieder in die Schlagzeilen zu bringen.

Das Echo aus Südkorea, von wo die meisten Frauen verschleppt wurden, kam am Montag postwendend. Außenminister Yun Byung-se wertete die Aussagen Hashimotos als „peinlich und beschämend“. Sollte er solche Aussagen vor den Vereinten Nationen oder dem amerikanischen Kongress wiederholen, würde es dem internationalen Ansehen Japans einen schweren Schlag versetzen.

橋下の党はここ数ヶ月世論調査で凋落

 ではなぜ橋下はこのようなことをするのか? そしてなぜ今するのか? 橋下の「日本維新の会」は、世論調査でここ数ヶ月凋落を示している。去年の夏には日本の第二の政治勢力に上昇すると見られていたこの党は、1月には、2.4パーセントとなっている。大阪では橋下は、彼の支持者の多くの変革への期待を失望させている。経済問題では日本では、首相の安倍晋三にちなんだ「アベノミクス」と呼ばれるアグレッシブな財政と金融緩和政策のミックスに対抗するだけの力を持った野党は存在していない。橋下同様に組織的強制売春の巨大なネットへの日本国家の責任を否認する安倍は、首相として公式にはこれに沈黙せねばならないため、そこで橋下はその挑発をもってして、日本の歴史修正主義の本当の代表となり、そして自党を再度大見出しに持ち込むことに成功している。

 最も多くの女性たちが連行された韓国からの反響は、月曜日に折り返し返答があった。尹炳世 外相は橋下の証言は「見苦しく恥ずべきものだ」とし、もし彼が、国連やアメリカの議会でこのような発言を繰り返すならば、日本の国際的威信は大きく損なわれるであろうと述べた。