2011年9月2日金曜日

26:ゴイアニア被曝事故の鉛棺(2)

(1)からの続きです。

ドイツの環境保護のあるサイトではこの事故についての報告がありますが、そこに以下の記述があります:

Opfer im Bleisarg begraben
An den direkten Folgen der harten Gammastrahlen des Caesium 137 sind kurz nach dem Freisetzen des Materials vier Menschen gestorben. Darunter die sechs Jahre alte Leide Alves Ferreira, deren hochgradig radioaktiver Leichnam in einem bleiernen Sarg mit Zementmantel begraben wurde.

犠牲者 鉛棺で埋葬
セシウム137の酷いガンマー線の直接の影響により、この物質の放出の直後に4人が死亡した。そのひとり6歳のLeide Alves Ferreiraの高い放射性遺体はコンクリートで覆い固められた鉛の棺に入れられ埋葬された。 
http://www.oekosmos.de/artikel/details/radioaktives-altmetall/

これが危険を知らず、放射線物質に触れてしまった幼い少女の悲惨な最期です。

ヨローッパでは古くから贅沢品として腐敗しない鉛の棺で埋葬することも あったとのことですが、これはもとより放射線遮断のためではありません。

また、ドイツでもかなり前ですが、原子力発電所の第一次冷却系の過失による蒸気漏れ事故で、作業員が死亡、高線量のため同様に鉛棺に入れられ埋葬されたとの報道がありました

この方法は、遺体を焼却もできない土葬もできないジレンマのひとつの解決策かもしれません。

大地震と大津波の犠牲になった方々の多くの遺体が原発事故のため長く放置され、放射線汚染され収容もままならぬ状態が現実なのです。これからどのようにして死者の尊厳を損しない ように収容し埋葬されるのかはわたしにも判りません。ただ前例としての以上の事実を報告しておきます。

ただ、このフクシマの現実は、核技術がいかに自然の摂理に背き、生きとし生きるものの尊厳を拒絶して止まないものであるかを語っています。この現実から目をそらすことは許されず直視しなければならないのです。

フクシマ後の防災の日に

犠牲者のみなさまに合掌しつつ

ーーーーーーーーーーーーーー
注;ゴイアニア事故については:

ご存知の京都大学の小出裕章先生が、原発事故の解説のなかで判り易く採り上げておられます:
http://chikyuza.net/n/archives/5043

緊急医療の専門サイトが「癌治療線源盗難事例」として挙げています:
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/3_3_1.html

ウ゛ィキペディアの英文
http://en.wikipedia.org/wiki/Goi%C3%A2nia_accident

1987事故年当時のシュピーゲル誌報道
http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-13524893.html

また、公式なものとしてはIAEAが1988年に事故報告を公表しておりPDFで読めます。

25:ゴイアニア被曝事故の鉛棺(1)

1987年9月のゴイアニア被曝事故の除染作業

Karen Kasmauski撮影Goiania,Brazil,1987
上記の二枚の写真は1987年9月にブラジルのゴイアニアという街で起こった大規模な放射線物質汚染事故後の街の除染作業の様子です。これらは:
http://www.smashinglists.com/worst-nuclear-accidents-disasters-in-history/
などから借用しました。

チェルノブイリの事故の翌年に起こったこの事故は、日本ではあまり知られていませんので、今回は予定を変更して、あえて採り上げておきます。実は文科省が一昨日発表したセシウムによる土壌汚染マップに関して、ある報告をする予定でしたが次回に廻します。

このブラジルでの悲惨な事故に関する参考資料は文末にいくつか挙げておきますが、とりあえずは、ヴィキペディアの日本語版では以下のように簡単に説明されています:

ゴイアニア被曝事故(ポルトガル語: Acidente radiologico de Goiania)とは、1987年9月にブラジルのゴイアニア市で発生した原子力事故。
 同市内にあった廃病院に放置されていた放射線療法用の医療機器から放射線源格納容器が盗難により持ち出され、その後廃品業者などの人手を通しているうちに格納容器が解体されてガンマ線源のセシウム137が露出。光る特性に興味を持った住人が接触した結果、合計250人が被曝し、そのうち4名が放射線障害で死亡した。

今日は関東大震災の起こった「防災の日」で、それに関する日本からの報道もありますが、フクシマの原発震災後初めてのその日として、昨年までと様変わりしたようです。事故からおよそ半年後の今日初めて、大熊町の避難者の方々が、非常な高線量の中を自宅を二時間だけ帰られる報道には胸が締め付けられます。
しかし、わたしが「ついに出たか」とショックを受けたのは共同通信の以下の報道です:

 20キロ圏に数百〜千の遺体か 「死亡後に被ばくの疑い」
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011033101000278.html

この記事によれば:

27日には、原発から約5キロの福島県大熊町で見つかった遺体から高い放射線量を測定しており、警察関係者は「死亡後に放射性物質を浴びて被ばくした遺体もある」と指摘。警察当局は警察官が二次被ばくせずに遺体を収容する方法などの検討を始めた。

 27日に、大熊町で見つかった遺体は、除染が必要な基準の一つである10万cpm(cpmは放射線量の単位)まで計ることができる測量計の針が、振り切れる状態だったという。このため福島県警の部隊は遺体の収容を断念している。
と放置されたままの遺体がに高い汚染度であるとのことです。
 そのため、

遺体は最終的に遺族か各市町村に引き渡すことになるが、火葬すると放射性物質を含んだ煙が拡散する恐れがあり、土葬の場合も土中や周辺に広がる状況が懸念される。
 
 
と報告されています。 
これを読んで、わたしが思い出したのがゴイアニア被曝事故です。この事故で亡くなった4名の人々の遺体も高線量被曝のため、そのままでは埋葬できなかったのです。火葬も土葬もできないとなるとどうするのか。唯一の「解決策」が、放射線を遮断する厚い鉛のお棺に入れ、それをコンクリートで固めて埋葬することでした。 
(2)に続く 

2011年9月1日木曜日

24:ヨシヒコドジョウの日本政治は雪隠詰め

野田氏を首相に選んだ日本についての欧米メディアの論評は、扱いが小さくあまり関心がありません。
内容としては「この6年で6人目で首相の名前も顔も覚えられない」というげっそり感をテノールにして「菅直人内閣の脱原発政策は後退するだろう」、また「増税で超赤字財政の緩和が期待される」との点が大旨で共通しています。世界的金融危機の中で日本経済がギリシャやスペインのように破綻寸前になるのを心配しているのです。
政局に関しては昨日8月30日付けで「南ドイツ新聞」の東京特派員クリストフ・ナイドハルト/Christoph Neidhart 氏が解説記事で 「建設的な自己破壊/Kreative Selbstzerstörung」との見出し「日本の政治の終わりのない貧困は、新首相でも継続するであろう」との小見出しで書いています(現在のところ電子版には掲載されていません)。内容は見出しのように民主党の政権獲得後のバラバラな内情のお粗末さを解説し、総選挙となっても「自民党も同じく内輪が割れており、いまだに腐敗したままで人気がない。彼らも政権にはつけないだろう」と結論しています。
つまり、日本の政治が「雪隠詰め」になっていることを伝えているのです。いやはや、その通りです。

このことを、揶揄しているのが、英国のガーディアンです。
大沼安史さんがブログの「机の上の空 個人新聞」で同記事を巧みに翻訳されているのでご覧ください:
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/
英紙ガーディアンが日本のドジョウ宰相、「ヨシヒコ」を「人物紹介」
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2011/08/post-78b9.html#trackback
大沼さん、ご苦労さまです。

また同じく大沼さん経由で知ったのですが、フリージャーナリストの上杉隆さんが、8月上旬にドイツの公共第二テレビ(ZDF)が伝えたフクシマからのルポを日本語字幕入りで掲載されていますので是非ご覧ください:
http://uesugitakashi.com/?p=964
避難区域外が高度汚染しているのに 、放ったらかしにされている農民の姿と言葉を現場から伝えています。まさに政治の無能と貧困によるヒバク棄民の実情です。
このなかで、東京での記者会見で細野原子力大臣にZDFの特派員が、このような実情について質問すると、大臣が返答に困り、役人たちが数分間、書類をかき回してしどろもどろする光景も見られます。こんな醜態は、ドイツであればたちまちメディア挙げてのスキャンダルになるのですが、会見に大勢の日本人記者がいるにもかかわらずそうはならないのは、彼らがノミのサーカスにたかる一員であることを如実に語っています。なぜ起こらないのか理解不能です。
実際のノミのサーカスでは、ノミを調教するのに狭い箱に入れて慣らすそうですが、日本のジャーナリストたちもサーカスの親方により、決して怒らないように調教されているのです。

ノミのメディアよ哀れ


なを、メルケル首相はさっそく昨日、野田新首相に就任の祝辞を送りましたが、そのなかに以下の言葉があります:
Bei der Bewältigung der vielfältigen Herausforderungen nach der Katastrophe des 11. März dieses Jahres stehen wir eng an Japans Seite. Ich würde mich sehr freuen, Sie bald als meinen Gast in Deutschland begrüßen zu dürfen.

本年3月11日のカタストロフ後の多面的挑戦の克服に関して、私たちはぴったりと日本の側におります。閣下を近いうちにドイツで私の客人として歓迎できることが許されるならば大変な喜びとするものであります。 

菅直人氏はフクシマもありドイツ訪問はできませんでしたが、井の中のドジョウ野田宰相には、是非訪問していただき、メルケル首相から直々に脱原発の実現を学んでほしいものです。望まれれば、メルケル首相は本気で助言することは間違いないでしょう。もっともメルケル政権もかなり危うくなっているので、それだけの余裕があるかは不明ですが。
いづれにせよ、訪独されれば、もちろんわたしも脱原発の旗をもって大歓迎いたします。

2011年8月30日火曜日

23:野田佳彦ドジョウの二重の人生の嘘

第22が途中で末尾が切れていますので、続きです。ブログが初心者であるためなぜこうなるか判らないのです。読者のみなさまにお詫びします。

以下切れてしまった引用論考の脚注からです:

 (注1)「人生の嘘」は、ノルウェー語:livslognen、ドイツ語:Lebenslüge、英語:life lie 。引用文はドイツ語訳から梶村が翻訳した。イプセン没後百年(二〇〇六年)に、ノルウェー政府は世界中で彼の作品を紹介した。『野鴨』についても日本語で紹介がある:
 http://www.norway.or.jp/ibsen/plays/duck/
(注2)梶村「天日下の凅轍の鮒」、季刊『中帰連』2007年春号。
全文は:http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/
(注3)この連載と、そこで割愛された資料全文は、単行本として週刊金曜日より刊行される。ワシントンポスト紙での広告の批判記事の英訳は:
 http://www.kinyobi.co.jp/MiscPages/comfort_women
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以上引用終わり

さて、これを書いていると、ラジオで日本からのニュースで野田佳彦氏が民主党党首に選出されたと伝えています。予想したとおりに菅直人内閣より、かなり反動的な内閣となるでしょう。

すでに7月半ばに紹介しました「南ドイツ新聞」のこのノミのサーカス予測が現実になったようです:

もし菅が実際に辞任しなければならないならば、思想のない直立不動で無表情な民主党の少尉のひとりが後任となり、彼もとても1年以上はもたないだろう。まず間違いなく言えることだが、彼は菅が努力する、法的根拠のない脱原発を引っ込めてしまうであろう。

しかもこの「思想のない民主党の中尉」野田氏は安倍氏にまったく引けを取らぬ歴史改竄主義者ですから、上記引用の4年前のわたしの批判した情勢は、もっとのっぴきならぬことになりそうです。
なにしろこの人物は「A級戦犯は戦争犯罪人ではない」との持論の持ち主です。それを堂々と先の8月15日に表明するという極右ぶりです。東条英機以下のA級戦犯が戦争犯罪人でなければ、いったい誰が第二次世界大戦の戦争犯罪人なのでしょうか。もうすぐドイツのネオナチ政党党首から熱烈な連帯の挨拶が届くでしょう。何ならばわたしが明日にでもNPD党首のフォクト氏に野田氏の考えを伝えてみましょうか? 彼は大感激して「実に立派な日本人だ」との声明と連帯の挨拶を公表することは間違いありません。

日本政治の内患外憂度はもはや赤信号です。原発事故に加え外交で末期症状に陥ることは必然であるといえましょう。なにしろ野田氏は「原発と歴史改竄のふたつの人生の嘘」を信じているご仁ですから。

参考のため彼の世界もあきれはてること間違いなしの歴史改竄者ぶりを証明する国会での公文書を挙げておきます:

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a163021.htm

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b163021.htm

日本人として恥ずかしいこと限りありません。
野田氏は先ほどの記者会見で「ドジョウの政治をやり抜く」と語り、庶民派政治家として売り込んだとのことです。ドジョウの棲む溝や田んぼの泥にはセシウムが最も蓄積します。ドジョウ政治家として生き抜くためには、さっそくセシウム除染に励まないと直ぐにヒバクドジョウになりますよ。それをしないならば、偽物ドジョウであることがバレて、汚染地のドジョウからそっぽを向かれてしまいますよ。

それはさておき、終わりになりましたが菅直人氏は孤立しながらも良く頑張ったと思います。
ノミのサーカスの中でも、よくやったと感謝いたします。

彼の足を引っ張り続けたメディアとそれに煽られた国民の多くが、たちまち後悔を始めるのは目に見えています。ノミのサーカスが生き延びているのは、世界広しといえども今ではミュンヘンのオクトーバーフェストと日本の永田町だけのようですから、その観客にふさわしく実に笑止な振る舞いであるといえましょう。

22:原発中毒の人々と「人生の嘘」(2)

前回の続きとして今回は
(2)「人生の嘘」という言葉について解説します。
これは日本社会が脱原発を実現するにあたっても、大変役に立つ言葉/概念でもあると考えているからです。かなりの長文になりますので、お暇な時にお読み下さい。

明治42年といえば、今から100年以上前の1909年のことですが、この年に森鴎外は「當流比較言語學」あるいは「Resignationの説」などで、欧州にあって日本語に欠落している言葉について論じています。これを読むと、Resignation/諦念、あきらめ、断念、といった今では日本語にも定着している言葉/概念が、鷗外のころにはまだ無かったようです。まったく大変だったことでしょう。
しかし、この問題は歴史と文化を異にする外国語を学ぶもの、もちろん文学者や翻訳者にとっては、いわば永遠に逃れられない宿命的な悩みのようなものです。現在でもいささかも変わりません。

ここの第12:  http://tkajimura.blogspot.com/2011_07_01_archive.html
で紹介したドイツ誌の記事のタイトル:Ausstieg aus der Lebenslüge/人生の嘘からの撤退、で使われている「人生の嘘」という言葉も、日本語には概念が欠落しているために、これだけでは何のことか理解できません。これはわたしが筆者のクリーナー氏の問いに答えて使った言葉(4月29日)ですので、その部分だけを翻訳しましょう:

Wie konnte man ausgerechnet in dem am massivsten durch Erdbeben gefährdeten Land der Welt 54 Atommeiler in geologisch teilweise superaktiven Gebieten bauen? Wie konnte man sich nach den 250.000 Opfern von Hiroshima und Nagasaki in ein atomares Energiegefängnis einmauern? Die Antwort ist bekannt: Japan wollte das Leid der Atombomben in etwas Gutes verwandeln. Der wirtschaftliche Erfolg sollte die Leichenberge zudecken – mit Hilfe der friedlichen Atomtechnik als Motor eines rohstoffarmen Landes. „Alle haben diese Lebenslüge geglaubt, jetzt ist sie offenbar geworden, deshalb diese Fassungslosigkeit“, sagt Kajimura.


なぜよりによって世界でも地震に最も脅かされている国において、地学的に部分的に超活動的な区域に54基の原子炉を建設できたのか? なぜヒロシマとナガサキの25万人の犠牲の後で、原子力のエネルギー牢獄のなかに閉じこもることができたのか? 回答はよく知られている:日本は原子爆弾の苦悩をいささか良いことに変えようと望んだのだ。経済的な成功が死体の山を覆い隠してしまうべきであった=資源に乏しい国の発動機としての平和的原子力技術の援助によってである。「みながこの人生の嘘を信じ込んだのです、それがいま公然となってしまった、だからこのように唖然としているのです」と梶村は述べる。

本稿ではこのように欧米では定着しているこの言葉/概念が、なぜ日本には欠落しているかとの考察はしません。読者のみなさまがそれぞれお考えになって下されば幸いです。
ただ、これだけでは理解が難しいと思われますので、この言葉をキーワードとしてちょうど4年ほど前に書いた論考がありますので、それを以下に再公開しておきましょう。これは歴史修正主義批判として執筆したものです。
原文は「週刊金曜日」が2007年12月に発刊した単行本『日本はどうなる2008』に掲載されたものです:
http://www.kinyobi.co.jp/publish/publish_detail.php?no=237&n=na&page=1

 以下全文引用:
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   歴史改竄者たちにおける「人生の嘘」について

      ごく平凡な人間から人生の嘘を奪ってごらんなさい、
      それは同時に、彼の幸福を奪ってしまうことになりますよ。
                   (イプセン戯曲『野鴨』より)
  

   イプセンの戯曲「野鴨」

 これはノルウェーの作家ヘンリック・イプセンが、一八八四年に書き下ろした心理劇『野鴨』(注1)で、登場する医師に語らせた言葉だ。二〇〇七年九月十二日、突然の辞任表明をする安倍首相の表情を見ながら、この台詞を思い出した。
  内閣改造を終えて、国会で所信表明を行ったわずか二日後、衆議院本会議の開始直前のこの辞任劇は、日本の国政史はもちろん、おそらく世界の近代政治史でも前代未聞のできごとだろう。「日本の政治家とはこんなものか」と世界中が、その無責任ぶりに唖然とした。
 同年七月末の参議院選挙で大敗の後の八月の半ばごろから、東京の安倍番記者たちから「安倍自殺説」が、ベルリンの日本人特派員の間にも届いていた。ために辞任表明後に入院したとの報道に、「あるいは」と、悲惨な自殺で終わるこの古典悲劇をさらに連想した。彼の内閣で現役大臣が自殺していることもあるからだ。
  だが、それもあっさり杞憂に終わった。退院を前に「これからも国会議員を続ける」と述べるのを聴いて、この人物が責任感などとはどだい無縁な俗物でしかないことがはっきりしたからだ。これでは、遺書に「安倍総理、日本国万歳」と書き残した松岡農水大臣(当時)の浮かぶ瀬もあるまい。
  
 ちょうど二年前のドイツの総選挙で、僅差で敗北したシュレダー首相は、大連立政権構築の交渉を終えると、いさぎよく国会議員の席も後進に譲って政界を引退し、一介の弁護士となってしまった。「宰相の政治責任の取り方」とはこういったものなのだ。無責任ぶりをさらけ出した後も議席にしがみつく安倍氏のありかたとは見事な対照ぶりではないか。これで安倍氏はおそまつな喜劇の主人公として終わった。政治生命が失われていることが自覚ができない鈍感さは滑稽である。彼は誇り高い野鴨ではなく、恥知らずな家鴨(アヒル)だ。

  「辞任の理由は健康問題だ」と説明している。だが、健康を損ねるに到った根本原因を自覚していないようなので指摘しよう。ほかならぬ彼の歴史認識での「人生の嘘」が奪われ不幸になったからだ。
  イプセンの戯曲では、親友から妻の「人生の嘘」、すなわち娘が自分の実子ではないことを知らされた父親が、娘を愛することができなくなり、父親の愛を取り戻そうとする無実の娘が自殺してしまう悲劇だ。個人生活では、このような「嘘」は秘密のままであったほうが、しばしば幸福であろう。
 だが、イプセンのこの言葉を使い、個人でも「無意識な人生の嘘=自己欺瞞」を自覚することが、精神の安定に役立つことを指摘したのがアドラー心理学である(以来欧米では、この概念は、社会学や文学でも援用され定着している)。ましてや、南京大虐殺、沖縄の集団自決と「慰安婦」の軍による強制などの史実を、故意に抑圧する勢力がはびこり、そのことに無自覚である社会が健全であるとはとても言えない。それは不安で不幸な社会だ。

  不良中学生内閣
 
  安倍内閣が成立した時、わたしは「これは歴史認識で不良仲間の生徒たちが校長室を占拠した中学校のようなものだ」と喩えたことがある。なにも日本の国会議員諸氏を、まとめて侮辱するつもりはないが、ドイツの議会政治と比べての正直な感想だ。安倍政権の一年を回顧して、この見方が正しかったことは明らかだ。
 もちろんドイツの国会議員にもお粗末な知性の持ち主がおり、日本の議員にも優れた人物が少なくないことはそのとおりだ。だが平均すれば、両国の国会議員は知性の質で、大学生と中学生ほどの落差がある。くわしく述べないが、その要因としては、まずは政治教育での鍛えられ方の違いがある。特別に顕著な点は、普遍的な人権擁護と、歴史認識についての厳しさでの極端な違いである。「女性は産む機械」などの発言は、ドイツでは田舎の村会議員でも辞職ものだ。
  何よりも、自国の戦争犯罪を否定したり、相対化する発言は論外である。二〇〇二年に保守党のキリスト教民主同盟のマーチン・ホーマン議員が、地元の集会で、ロシア革命に多くのユダヤ人が参加していたことを指摘し、「この点ではユダヤ人を『犯罪者民族』と呼べるかもしれない」と発言したことが大問題となった。彼は、自会派からの議員の辞任勧告を拒否したため、党籍を剥奪され、たちまち政治生命を失った。メルケル党首(現首相)からは「この思考構造はドイツの民主主義とは一致しない」、また姉妹党のキリスト教社会同盟のシュトイバー党首からは「彼は憲法の枠外にはみだした」と断罪された。ドイツの戦後史で国会議員が党籍を剥奪されるのは初めてのことだ。
 さらにこの「犯罪者民族:Tätervolk」という言葉は、言語学者たちによる毎年恒例の「最悪の言葉賞」に選ばれる「栄誉」に輝いた。その理由として、まず「集団の罪」というものはありえず、そして、ありもしないものをユダヤ民族に適用するのは、まぎれもない反ユダヤ主義、人種主義であるとの指摘があった。つまり、彼の世界観とは、根強い反共主義と反ユダヤ主義の結合であり、このような歴史認識は、間違っており過去の亡霊でしかないということだ。だが彼自身は、なぜこの発言が問題であるのか理解できず、世界観の崩壊と政治生命の喪失ですっかり不幸になった。
 こうして彼の発言は「ホーマン事件」としてドイツ政治史に残ることとなった。ちなみに、第一次世界大戦後に「戦争犯罪でドイツ人に集団の罪というものはない。罪は無責任に戦争を煽った政治家、軍、新聞などの指導部にある」と一九一九年にいち早く指摘したのは、前述の心理学者アドラーである。

  世界が見捨てた 

 では、一国の首相が同様な発言をしたらどうなるのか。安倍首相の「慰安婦強制否定発言」が、国際世論のなかでまったく同じことになった。そもそも安倍内閣の大半の閣僚が、国家主義(日本では靖国派として顕現する)と根強い反共主義の歴史認識の持ち主であり、この点では、冷戦体制崩壊と、その後の経済のグローバル化のなかでの世界的傾向に即したものだ。旧東欧諸国はもちろん、西欧諸国でも反共右派の国家主義政党が、さまざまな装いで台頭しているのは事実だ。日本も例外ではない。ドイツですら、主に旧東独地域の地方・州議会に極右政党が議席を占めて、現在でも大きな問題だ。
 ただ、日本では安倍内閣の成立により、彼らが政権を獲得してしまった。「美しい国」をスローガンに、教育基本法を改悪し、防衛庁を省に格上げし、国民投票法を実現し、さて一瀉千里に憲法改悪を実現しようとしたのが、ほかならぬ安倍政権だ。この政権がつまずいたのは、「政治と金」や「年金」であると一般的には信じられている。もちろんその要素も大きい。しかしこれらは、この政権の特徴ではなく、以前からの日本政治の構造的問題なのだ。特徴は歴史認識にあった。これが安倍首相のアキレス腱であった。
二〇〇七年二月の米下院外交委員会の慰安婦問題公聴会に関連し、自民党議連で河野談話を見直そうとする動きがあることについて、安倍首相は三月一日の記者会見で「当初、定義されていた強制性を裏付けるものはなかった。証拠はなかったのは事実」と答弁し、さらに五日の参議院予算委員会で「狭義の強制性」を「官憲が家に押し入って、人さらいのごとく連れて行く行為」と定義した。本人はいまだに自覚していないだろうが、これが安倍氏が「人生の嘘を信じ込んでいる」ことの告白となった。外交での安倍政権凋落の始まりだ。
 たちまち欧米のメディアが反発し「歴史修正主義者安倍と背後の極右勢力」に関する報道が始まった。さらに、十六日には辻元清美議員の質問書に対する政府答弁書で、同様の回答があったため、慰安婦問題を抱えるオランダのバルケンエンデ首相が激怒し、日本大使が召喚された。対欧米の外交問題となったため「河野談話遵守」路線へ転換してアメリカやオランダに対応したものの、ことすでに遅しであった。
 
 当時わたしは「政府答弁書は安倍内閣が歴史修正主義の立場を採ることを閣議決定で表明したことになる。撤回する以外に、国際社会ではいかなる弁明の余地もない」と指摘した(注2)。そのうえで『週刊金曜日』で、オランダ臨時軍法会議の強制売春を裏付ける史料を連載で公表しつつ、同時に世界の動きも伝えた(注3)。その間、決定的であったのは安倍氏と同様な歴史観の極右議員らによる、ワシントンポスト紙での広告掲載だ。日本の歴史改竄主義者たちが、その名に恥じない「歴史歪曲の事実=嘘」をわざわざ英文で掲載したのだからたまらない。アメリカで安倍氏を擁護する声はゼロになった。結果が参院選翌日の米下院本会議での「慰安婦問題での日本政府の謝罪要求決議」の反論なしの採択である。これは、アメリカの議会による同盟国日本の安倍政権に対する事実上の不信任決議に等しい。前代未聞の出来事であり、ここでアメリカは日本の極右勢力を、正体見たりと見捨てた。
 参院選惨敗、謝罪要求決議、内患外憂ここに極まり、安倍氏は食も細ったようだ。世界には決して通用しない彼の世界観が破綻したのだ。「史実の銃弾」に翼を撃ち抜かれた、あわれな家鴨となった。こうしてホーマン議員と同じく、安倍政権はその歴史認識で世界世論から排除された。

   信頼回復のために 

 さて福田政権は、安倍改造内閣のお下がりにすぎない。世界に通用しない改竄史観の閣僚、つまり不良仲間の中学生も、そのまま多く残っている。いずれにせよ、二〇〇八年の、遅くとも夏の総選挙までの過渡期政権にすぎない。
 また世界情勢も、〇八年はアメリカの大統領選挙後の民主党政権へ向けて大きく変化する。東北アジアでは、南北朝鮮が和解の歴史的な段階に入る可能性は大きい。小泉、安倍政権の偏狭な歴史観のために、北の核問題での六カ国協議ひとつでも、日本は外交で最後尾のお荷物になってしまっている。「拉致問題」に拉致されてしまって、動きのとれない政権ではいけない。必要なのは北朝鮮との国交樹立を具体的に政策化する政権だ。そこでは北朝鮮だけではなく、アジア諸国の「慰安婦」や強制労働の戦争犯罪被害者に対して国家責任を明らかにし、被害補償を実現する立法も不可欠である。
 それを実現する政府と議会を持った時に、日本の政治も失われた信頼を回復し、世界の大学生の仲間入りができるであろう。不幸の原因たる「人生の嘘」を自覚しない限り、決して人も社会も健康で幸せにはなれないのである。(引用本文おわり)

(この項途中で切れています。23をお読み下さい)

2011年8月28日日曜日

21:原発中毒の人々と「人生の嘘」(1)/追加あり

さて、またまた永田町界隈では首相指名を巡っての南ドイツ新聞が予想した通りの「ノミのサーカス」が演じられていますね:本稿12:http://tkajimura.blogspot.com/2011/07/blog-post_15.html

もううんざりですが、結果がどうなろうとも、原発延命策をたくらむ首相が総理大臣となるでしょう。ここまで来たらノミのサーカス政治で日本は本格的に沈没するのがもう避けられないと思いますので、次稿では「名案」を出したいと思います。

ただその前に本稿では(1)7月6日に予告した「原発中毒の人々」:http://tkajimura.blogspot.com/2011/07/blog-post_06.html
でベルリンに現れた人物ふたりに触れておきます。この人たちが元気を出して活躍するようになることは間違いないからです。そして(2)「人生の嘘」という概念について解説しておきます。

(1)原発中毒の人々
 ここでも速報しましたが、先の6月30日にドイツ連邦衆議院は圧倒的多数で脱原発法を可決しました:
http://tkajimura.blogspot.com/2011/06/blog-post_30.html
これによってドイツの脱原発は事実上決定されたようなものです。ところが、よりによってその翌日の7月1日に日本から原発推進政策の中枢の人物がベルリンの日本大使館で講演をしたのです。
内閣府原子力委員会の委員長代理、鈴木達治郎氏です:
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/iin/suzuki.htm

鈴木達治郎氏・2011年7月1日ベルリン日本大使館で

 国際会議参加のためにベルリンを訪問したついでに、日本政府の原発政策推進者として福島原発事故をドイツの一般市民にも伝えるつもりで、講演をされたようです。
わたしも、よりによってこの機に何を述べるか興味があったので、参加しましたが、ご本人は達者な英語で事故の経過を急ぎ述べただけでした。事故に関心のあるドイツ人参加者もほぼ知っている情報内容だけで拍子抜けしたのが実情でした。
それどころか、事故を心配する在ドイツの日本人女性からもっと達者な英語で、外国のよりくわしい専門情報を突きつけられてしどろもどろするありさまでした。写真はドイツ国旗を背景にその質問を聴く鈴木氏です。原子力委員会の情報公開の貧困さがここでも露でした。「何とかしなければ日本政府の原発政策は国際社会で信用を失ってしまう」という焦りだけはうかがえましたが、結果として「これではダメだ。頼りない」との印象を与えただけでした。

なによりもわたしが違和感をいだいたのは、講演の結論として「もし原子力発電をコントロールできなくて、核兵器をコントロールできるのでしょうか?ヒロシマ・ナガサキは平和のシンボルとなりました。フクシマは核事故の復興のシンボル(a symbol of recovery from nuclear accident)になるべきです」と述べられたことです。
鈴木氏の講演のペパーは英文と日文で原子力委員会で公開されています:
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/koenkai.htm
この直後の7月6日の英国での公演では、結論が日本語で「ヒロシマ・ナガサキは被爆地から平和の聖地へ。フクシマは原発事故のシンボルから復興の聖地へ」となっています。つまり、「聖地」という表現が加わっています。まさか英語で「聖地」という言葉は使っていないと思いますが(わたしは聴いていないので不明ですが)、これが本音なのでしょう。
すまわち、この言葉は「どんなに犠牲者が出ようとも核技術を徹底的に推進する」との決意の現れです。
原発中毒の人物ならではの表現です。原発事故のヒバクシャのみなさんが聴けば、どのような気持ちがするでしょうか。

揚げ足をとるつもりはありませんが、氏はこの日の夕方の講演で、よせば良いのに冒頭にドイツ語で「gute Nacht/お休みなさい」と言ってしまいました。「good evening/guten Abend/今晩は」と勘違いしたのでしょう。結論を聴いたわたしは、それを思い出し「委員を辞めてお休みなさい」とつぶやいたものです。こんな人が政府中枢にいては、また事故を起こして「聖地」が増えるのは必然です。

米倉経団連会長2011年7月5日ベルリンのホテルで
さて、彼と入れ替わりにベルリンに現れたのが、経団連のトップの訪欧団です。団長は米倉弘昌会長です。
この方がフクシマ事故の直後に「1000年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいことである。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と東京電力を擁護したことは有名ですね。
   「東電は津波による被災者の側面もあり、政府が東電を加害者扱いばかりするのはいかが」と東電を免責し、「原発を廃止すれば企業は国外に逃げ出す」とおどし、最近では「場合によっては原発の新設もありえる」と発言したと報道されています。
これらは、日本の「核の男爵」中曽根康弘艦長の建造した「原子力不沈空母」の現役機関長のような言葉です。ここの後半を参照して下さい:
http://tkajimura.blogspot.com/2011_05_01_archive.html
日本経済が沈没寸前であることは、自覚されてはいるようですが、原発推進を続けては全く日本の将来も無いことには気づいていないので、この人物にも「gute Nacht/お休みなさい」を申し上げます。
 事実、このベルリン訪問でもメルケル首相を表敬訪問したのですが、ほんの10分ほどの会談で「日独は再生可能エネルギー分野で協力できる」と一致しただけであったとのことです。
経団連も首をすげ替えるべきでしょう。このような前世紀の亡霊のような会長では自滅するだけです。国家と結びついた経済功利主義が企業にとっても死に至る病であることを、戦争体験ににもかかわらず戦後日本の経済人は十分に学んできませんでした。彼もそのひとりです。
「日本丸」に必要なのは再生可能エネルギーを推進する機関長です。それができる優秀な経済人は少なくないはずです。日本人はそれほど馬鹿ではありません。

追加:書き終わったとたんに、アメリカのメリーランドの原発がハリケーンのあおりで、外部トランスが破損し自動停止したとの報道があります。フクシマの破損バラック原発を台風が襲わないことを祈ります。
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29日追加:念のため鈴木達治郎氏のベルリンでの講演で使用され内閣府原子力委員会で公開されているペーパーの英文と日文の結論部分を以下挙げておきます。
英文には無い「福島を聖地」という言葉は、上記のように「どんなに犠牲者がでようとも徹底的に核技術を推進する」という原発中毒者の言葉です。社会心理学的には原発中毒者であり、社会思想的には原発原理主義者であることをみごとに示している恐ろしい言葉であるといえましょう。





2011年8月16日火曜日

20:日独伊脱原発三国同盟への第一歩を

今日、8月15日は66年前のこの日、日本の降伏により第二次世界大戦が終わり、人類史上最悪の殺し合いが正式に終結し、日独伊枢軸は崩壊、ようやく世界に平和が訪れた記念すべき日です。
日本の軍国主義に最終的に無条件降伏を強いたのは軍事都市広島と長崎への原爆投下であったことはいうまでもありません。以来、日本は戦争を放棄し世界でも最も豊な経済大国のひとつとして復興しました。

ところが、フクシマの事故によりヒロシマ・ナガサキのヒバクの悪夢が再び現実になってしまい、さらに原発大国の日本は、ひとつ間違えば先の戦災とは比較できない文字どおりの想像を絶する破局の淵に立っています。一刻も早く原子力発電とその他の核サイクル施設を廃止しなければなりません。これは単に日本だけのためでなく、地球規模での問題です。
そこで、「日独伊脱原発三国同盟」を呼びかけます。

 この写真を見て下さい。これは三国同盟の時代、1939年からベルリンで発行されていた月刊の「文化」雑誌です。
 大判の当時としては非常に贅沢な装丁で『ベルリン・ローマ・トウキョウ』が誌名です。
下部に「世界政治の三極である民族の文化関係の深化のための月刊誌」との目的が明示されています。
この雑誌は当時のナチスの外務省が発行しており、リッペントロップが名誉発行人です。主にドイツ語とイタリア語の二カ国語ですが、目次は日本語も併記されています。つまり、ナチス外交の宣伝誌といえましょう。執筆者は枢軸国の「豪華版」です。内容は紹介に値しませんが推して知るべし。三国の戦犯どもが名を連ねています。(この雑誌に関する歴史研究はまだ無いのではないかと思います)。

さて、前置きが長くなりましたが、ご存知のようにフクシマで、イタリアの市民は国民投票の圧倒的多数で原発建設を拒否しました。ドイツも市民の粘り強い運動で保守政権に脱原発を飲ませました。
残りは日本です。ここで日独伊の旧枢軸三国がそろって脱原発を実現すれば、前世紀の負の歴史に雪辱し、人類史に貢献する糸口になると考えています。

その第一歩として、読者のみなさまにわたしからお願いがあります。
当面のお願いとして以下のふたつの署名運動に参加していただきたいのです。

ひとつはトウキョウからです:

大江健三郎、内橋克人、坂本龍一、瀬戸内寂聴、鶴見俊輔氏らが呼びかけ人になっている9月19日の「さようなら原発集会」への賛同の署名です:

http://sayonara-nukes.org/yobikake/

http://sayonara-nukes.org/shomei/

この集会は5万人を目標にしているとのことです。

もうひとつはローマからの呼びかけです:

イタリア在住の日本人が上記集会との連帯もあり、欧州在住の日本人に署名を呼びかけています。日本政府に脱原発を要請する署名運動です:
http://www.semisottolaneve.org/ssn/a/34464.html

これらの呼びかけは、欧州在住の日本人だけでなく、海外在住で日本の脱原発を願っている諸国のみなさんにも是非加わっていただきたいものです。このブログは世界各地で読まれています。


読者のみなさま、是非草の根のこの呼びかけをできるだけ広げて下さい。間もなく菅直人政権が退陣し、原発推進派の悪党どもが必ず頭をもたげてくることが明らかな情勢です。

それに抵抗して今、地球の隅々から小さな第一歩の声を挙げることは 非常に大切なことです。

よろしくお願いいたします。