2011年5月12日木曜日

4:メルケル首相の君子豹変の決断

昨日、5月10日のドイツ外国人特派員協会(1906年ベルリンで結成。現在60カ国約400人の会員)とメルケル首相の官邸での記者会見について、まず報告しましょう。


 この日の首相は、最近ではめずらしくご機嫌が良い様子でした。前回彼女の苦い表情ばかりだったので、今回は笑顔を紹介しましょう。
この日は快晴で、最高気温も25度ほど。爽快な初夏の「ドイツの五月晴れ」です。その空の色に合わせたような上着で、彼女の碧眼と三位一体となるおしゃれが決まっていることを、やはり意識していらっしゃるのかもしれません。
メルケル氏は、ポーカーフェイスが普通の政治家の中でも、めずらしく気分が顔に表れるのです。彼女の笑顔は少女のようで、実に可愛らしいのです。

それはともかく、なにしろ世界中からの記者の、ギリシャの経済危機から、中東の民主革命、それにもちろんフクシマと原発撤退までの、矢継ぎ早に打ち出される広範な質問のボールを、テニス選手のように打ち返すのも、この日は余裕たっぷりでした。
ですから、自分の政治姿勢についての説明も織り交ぜての回答が見られました。
曰く「私は、何事も情勢を注意深く観察し、十分に分析する人間です」。これは自然科学者(物理学博士)として身についているのかもしれません。
また、曰く「ようやくこの間、次第に知られてきていますが、私はじっと待って、直前になって決断をする人間です。決断は必ずします」。
であれば、3月14日の脱原発への方向転換の決断も、あらかじめシナリオとして十分考慮していたことになります。できたら、その経過を質問したかったのですが、質問者が多すぎ、わずか一時間の会見では残念ながら無理でした。

とはいえ、日本の原発事故については明確に述べています。要旨は「フクシマの衝撃的な大規模な事故によって、私は『(極小の)残余危険性/Restrisiko』について、別の視点を持ちました。ドイツにはあれほどの地震も津波もないにしろ、他の原因により同様の不測の連鎖事故が起こる危険があります」。
さらに「緑の党が脱原発の主張をかかげて産まれたように、ドイツ社会では長年にわたって原発の是非を巡る争いが続いてきました。私はできるだけ早い再生可能エネルギーへの乗り換えで、この大きな社会を二分してきた争いに終止符を打ちたいのです」。

つまり、緑の党の脱原発の党是をほぼ丸呑みにする決断をしたのです。これは権力を掌握する政治家の、見事な君子豹変の弁といえます。しかも前日の議会の野党党首らとの会談で、全野党が「最終的な早期原発撤退の関連法案には原則として賛成する」との意思表示を得ていますので、この日はご機嫌ななめならず、自信たっぷりであったというのが、わたしが得た印象です。

会見を終えたわたしは、自転車で官邸から散歩がてら街の中心にある広大なティアガルテンを抜けて帰宅しました。この時節は森の新緑が目映く、ちょうど下の写真のように色とりどりのツツジやシャクナゲが妍を競い、四季の中でも最も華やかであるからです。

黄のツツジは満開。朱のツツジと奥の紫のシャクナゲが開花し始めています。

そこで考えたことは、 彼女はフクシマの報道で「原発稼働延長政策という罪」(明日12日に正式にバーデン・ヴュルテンべルク州首相に就任する緑の党クレチュマン氏の言葉)を背負っていては権力維持ができないということを直感したのだろうということです。事実、世論調査でもフクシマを境に、世論調査でドイツ市民の脱原発支持率は、それまでの60%から80%へ急上昇しました。
この直感力が働いたのは、おそらく彼女が東ドイツ出身であるからではないのか。市民の意思が大きく動けば、政権はもちろん体制ですら崩壊することを、東欧民主革命当時、若い彼女はその渦中で体験し、しかもそこで意図せず政治家となるという原体験をしているからです。

一夜明けて、今朝のニュースのトップは、メルケル首相が方針転換の際に任命した脱原発に関する「倫理諮問委員会」の、今月末に提出が予定されている答申の草案が、フランクフルターアルゲマイネ紙にリークされたとの報道です
それによれば、1)メルケル首相の判断で緊急停止している7基と事故で以前から停止中の1基の原発8基は、再稼働なしにそのまま廃炉にする。2)残りの9基については遅くとも2021年までに順次廃炉にすることは可能であり、事情によってはそれ以前に全廃にできる可能性がある。というのが主な点です。
追っかけたシュピーゲル誌電子版によると、もっと長期的で大胆なヨーロッパの原発全体にかかわる提案まであるようなので楽しみです。ひょっとすると、メルケル首相は本人が意図する以上の革命的な事業に着手しているのかもしれません。

まだ、最終答申ではありませんが、内閣はこれ答申を参考のひとつとして法案をまとめるので、これはいわば「ドイツの原子力発電への死刑求刑 」の草案といえるでしょう。
これで、長いドイツの原発論争は、いよいよフィナーレの幕が上がりました。 日本の菅首相にも是非注目していただきたいものです。

0 件のコメント:

コメントを投稿