明日うらしま

在ベルリンジャーナリスト・梶村太一郎の反核覚え書き

2011年8月30日火曜日

23:野田佳彦ドジョウの二重の人生の嘘

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第22が途中で末尾が切れていますので、続きです。ブログが初心者であるためなぜこうなるか判らないのです。読者のみなさまにお詫びします。 以下切れてしまった引用論考の脚注からです:   (注1)「人生の嘘」は、ノルウェー語:livslognen、ドイツ語:Lebenslüge...

22:原発中毒の人々と「人生の嘘」(2)

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前回の続きとして今回は (2) 「人生の嘘」 という言葉について解説します。 これは日本社会が脱原発を実現するにあたっても、大変役に立つ言葉/概念でもあると考えているからです。かなりの長文になりますので、お暇な時にお読み下さい。 明治42年といえば、今から100年以上前の...
2011年8月28日日曜日

21:原発中毒の人々と「人生の嘘」(1)/追加あり

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さて、またまた永田町界隈では首相指名を巡っての南ドイツ新聞が予想した通りの「ノミのサーカス」が演じられていますね:本稿12: http://tkajimura.blogspot.com/2011/07/blog-post_15.html もううんざりですが、結果がどうなろうと...
2011年8月16日火曜日

20:日独伊脱原発三国同盟への第一歩を

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今日、8月15日は66年前のこの日、日本の降伏により第二次世界大戦が終わり、人類史上最悪の殺し合いが正式に終結し、日独伊枢軸は崩壊、ようやく世界に平和が訪れた記念すべき日です。 日本の軍国主義に最終的に無条件降伏を強いたのは軍事都市広島と長崎への原爆投下であったことはいうまでも...
2011年8月15日月曜日

19:国が切り裂かれた日1961年8月13日

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日本でも報道されたように。昨日8月13日はベルリンの壁が構築された50周年記念日でした。 1961年のこの日から89年11月9日の崩壊まで、ベルリンを分断しただけでなく、ドイツそのものをふたつに引き裂いた壁が撤去されて20年以上を経ても、これがドイツ社会に残した傷は、いまだに癒...
2011年8月8日月曜日

18:ヒロシマ忌に寄せて:世界共通語のヒバクシャと日の丸

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  昨日6日のヒロシマ原爆忌については、ドイツでも早朝からニュースでかなり詳しく伝えられました。もちろんその主な内容は記念式典でほ菅総理が脱原発依存に踏み込んだ追悼の辞を述べたことです。  いくつかの代表的な電子版を紹介しましょう。 これはドイツ公共第一テレビの第一報で...
2011年8月3日水曜日

17:ドイツ脱原発法施行・国内放射線量測定値情報公開について/追伸あり

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本日の朝刊の報道を読むまで、わたしも気づかずいささか驚いたのですが、ドイツの脱原発法が連邦大統領の決済を経て、昨日8月1日から施行されました。クリスチャン・ヴルフ大統領が7月31日に同法に署名したことを、昨日1日大統領府が発表しています。大統領はそれまでに再生可能エネルギー促進法...
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自己紹介

梶村太一郎 Kajimura,Taichiro
我長年異国に遊びしが、2010年の夏学期、東京のある大学に招聘されカントに関する特殊講義を試みたることあり。折りありて小生幼児のころを知る媼に60年ぶりに再会す。媼曰く「汝白髪になりて現れたるか」。たちまち知る我うらしまなることを。よって「うらしま太一郎」と自称す。これブログを開店するにあたり「明日うらしま」とする故なり云々・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1946 年岡山県津山市生まれ。フリージャーナリスト。ドイツ外国人記者協会会員。74年以来ベルリン在住。86年作家小田実と市民運動交流団体「日独平和フォーラム」立ち上げ。96年「ガス室否定論」を批判以来、日本の論壇で台頭する歴史修正主義批判を継続。2001年ドイツ人良心的兵役拒否者の日本での兵役代替役務を実現。『週刊金曜日』、『世界』等に寄稿多数
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